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第十六章 反共十字軍

 

ヒトラーは、1940年の秋をベルクホーフで過ごした。

例によって、親友のグストルとワーグナー祭を見に行ったり、山歩きに精を出して陽気に日々を過ごした。

山荘でのエヴァとの関係も良好で、その仲の良さは端から見てもまばゆいばかりであった。この二人の関係が夫婦同然であることは、近しい人々にとって暗黙の了解事項であった。

そして、ドイツ国民も、国家の前途を楽観していた。

正面きっての戦争は、常に短期間で終わっていたので、国民生活の豊かさは平時とあまり変わりなかった。時折やってくるイギリス軍の空襲も、当時はまだそれほどの威力は無かったので、慣れてしまえばなんて事もなかったのである。

「ねえ、パウラ」総統は、ミュンヘンの野戦病院に勤める妹に、優しく語りかけた。「戦争が終わったらどうするの。またウイーンに帰るのかい」

「あたしは」死んだ母親に良く似た栗色の眼を開いて、パウラは言った。「故郷の教会に行こうと思っているの。そして、毎日祈るわ。芸術家になれなかった可哀想な兄さんのために」

「まだ、そんな事を言ってるのか」ヒトラーは、唇を歪めた。「私は、これで良かったと思っているんだ。政治家として国民を、いや、人類を導くことこそ、神に与えられた私の使命なのだ。私は、燃える理想の人柱になる。この崇高で神聖な義務。他の誰にも任せられない私だけの特権なのだ。誰にも指はささせないぞ」

「兄さんは、昔からそうだった」パウラは、悲しげに瞳を伏せた。「でも、今にきっと分かるわ・・」

腹を立てた兄は、執務室のドアを開けて足早に去っていった。妹は、静かにその後ろ姿を見送るだけだった。

家族の愛を知らない男の、止まることを知らぬ活力は、今や生涯最大の冒険に足を踏み出そうとしていた。

 

 

閑話休題。

国際関係の歴史は、覇権闘争の歴史と言っても過言ではない。

世界が平和であるということは、特定の国家による覇権が完成し、それ以外の国が覇権国家の従属的地位に甘んじている状態を意味する。かつて、古代ローマや中華帝国の時代が平和だった理由は、その地位を脅かす国家が他に存在しなかったからなのだ。

古代ローマと中華帝国の衰退と共に、西洋及び東洋の乱世が始まった。そして、20世紀初頭の二つの世界大戦は、覇権国家を決める最後の試金石だったのである。この争闘の果実として、アメリカとソ連が覇権国家として登場し、冷戦という形で最終決戦を行った。そして現在は、勝ち残ったアメリカの覇権の下で、人類は仮初めの平和に安住している状態なのである。

さて、話を戻して1940年の段階では、覇権国家に名乗りを上げられる勢力は、全部で四つあった。すなわち、

ドイツ第三帝国。

ソビエト連邦。

大日本帝国。

アメリカ合衆国、である。

この四カ国は、かつて覇権国家であった西欧諸国と中国を大きく圧迫し、いまや互いに勢力圏を近接させる関係となっていた。このうち、アメリカ以外の三国は、極めて戦闘的なイデオロギーの持ち主であったため、激しい戦争はもはや避けられない情勢であったのだ。

そして今、ドイツとソ連との間に、激しい憎悪の嵐が吹き荒れようとしている。

 

 

1940年夏、スターリン書記長は、モロトフ外相に言った。

「我がソ連軍の整備は、1942年に完成する。それまでは、君の手腕でヒトラーめをあやしつけて貰いたい」

「ですが」モロトフは、丸眼鏡に手を置いて言った。「ドイツは、我が国との協定を破っています。我が国は、鉱物資源を契約通りに輸出しているのに、彼らは対価としての工作機械を寄越そうとしません。また、彼らはフィンランドとブルガリアに軍を送り、ルーマニアに親独政権を樹立させ、しかもハンガリーと同盟を締結しました。彼らは、我々の西への進出をあくまで妨害するつもりなのです」

「・・・・・」

「しかし、彼らはイギリスとの戦争に手一杯で、ポーランドにはわずか5個師団しか配備していません。今なら、強面外交も可能と思われます」

「うむ、よかろう」スターリンは、整った髭をなでながら大きく頷いた。「ドイツ人どもを怯えさせてやれ」

こうしてモロトフは、ヒトラーとリッベントロップに強弁な抗議を行った。北欧と東欧の問題を前面に出し、ドイツ側の弁明を受け付けようとはしなかったのである。

「三国同盟に加入しませんか」リッベントロップは、辛抱強く語った。「ドイツは西に向かいます。イタリアはアフリカ、日本は極東、ソ連はインドとペルシャを取ればいいでしょう」

「そんな夢物語」モロトフは唾を飛ばした。「フィンランドとブルガリアは我々の勢力圏です。あそこから撤兵してくれなければ、もはや議論の余地はありません」

「インドに魅力が無いと仰るのか」ドイツの外相は、肩を竦めた。「あそこを領有するイギリスは、もはや死に体なのですぞ」

「ふふん、それならば、我々の頭上を乱舞する爆撃機は、どこの国籍の物なのですかな」

二人の外相は今、ベルリンの防空壕で会談しているのだった。一本取ったモロトフは、得意げに胸をそらせた。

そんなソ連の強硬姿勢は、ヒトラーに恐怖を与えた。

「彼らは、密かにイギリスと繋がっているのかもしれぬ」ヒトラーは考えた。「それならばソ連を先に叩けば、イギリスとの講和もやりやすくなるはずだ。そのためには、ソ連軍の強化が進む前、そして我が軍が弱体化する前に、勝負を決めなければならない。遅くとも、来年の夏には攻撃開始だ」

こうして、フランスのドイツ軍は、大挙してポーランドに移動を始めた。ポーランドの国境に、独ソ100個師団づつの大軍が向かい合ったのである。

だが、ソ連はこれを外交上のブラフだと考えた。外交上手なヒトラーが、イギリスを放置して戦争を挑んでくるとは思わなかったのである。

それでも、ソ連の外交姿勢は軟化した。モロトフは、笑顔を浮かべ、スターリンはドイツ外交団を抱擁し、友達呼ばわりで歓待した。鉱物資源も、協定で定めた枠を越えて送られるように取りはからったのである。

しかし、ヒトラーの決意は固かった。

1940年12月、彼は、並み居る将軍たちの前で、その抱負を語った。

「いよいよ、共産主義を撲滅する闘いを開始する。この闘いは、戦車部隊を中核とする大規模な奇襲攻撃として開始されるであろう。だがこれは、かつてない困難な闘いとなるだろう。なぜなら東の敵は、西欧民主主義国とは違い、強力なイデオロギーの下で一つに団結しているからである。しかし、実戦体験豊富な我が軍に比して、ソ連軍は有能な将官に不足し、しかも再編成途上にある。今なら、必ず勝てる。六ヶ月で戦争は終わる。そのとき、世界は固唾を呑むであろう」

しわぶき一つ聞かれなかった。将軍たちは、直立不動のまま、総統の発言の重さに打ちのめされていた。

「作戦名は」ヒトラーは、使命感に溢れた険しい眼で、忠実な部下たちの心を射た。「バルバロッサ(赤髭)とする」

バルバロッサとは、かつて十字軍を率いて聖地エルサレムで戦った神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世の渾名である。ヒトラーは、己の始めようとしている壮挙を十字軍に譬えていたのである。

 

 

ソ連侵攻の前に、背後を固めなければならない。

春の雪解けと共に、ドイツ軍の活動が開始された。

2月、ロンメル将軍率いるアフリカ軍団3個師団は、イタリア経由でリビアに渡り、砂漠の真ん中でイギリス軍と激闘を繰り広げ、圧倒的な勢いでリビア全土を征服してしまった。その疾風怒濤の戦いぶりは、「砂漠の狐」の異名と共に、敵味方問わず称賛される事になる。

3月下旬、いったんは三国同盟に加入したユーゴスラビアでクーデターが起こり、社会主義政権が誕生した。この政府は直ちにソ連と条約を結び、ヒトラーを牽制した。しかし、このような情勢を放置して置くほど、ドイツの指導者は甘くなかったのである。

4月上旬、ドイツ戦車軍団は唸りを上げて襲いかかり、わずか一週間でユーゴ全土を制圧してしまった。民族間の深刻な紛争を抱えるこの国では、支配民族であるセルビア人とクロアチア人の諍いが絶えず、そこをヒトラーに付け込まれたのである。戦争でサボタージュを決め込んだクロアチア人は、ドイツからの報償として独立国の樹立を許され、セルビア人を収容所に押し込め、虐待の限りを尽くすことになる。

さて、ブルガリアに進駐していたドイツ軍は、ユーゴ侵入と時を合わせてギリシャに突入した。この時、ギリシャ軍の主力はアルバニアでイタリア軍と対峙していたため、ドイツ軍の快進撃を食い止める手段は皆無だった。そのため首都アテネは、わずか二週間で陥落し、生き残ったイギリス軍はクレタ島へと撤退した。しかし、この島も安住の地ではなかった。5月下旬、ドイツ空挺部隊が奇襲攻撃をしかけたのだ。大激戦の末にイギリス軍はまたもや敗北し、エジプトへと逃げ去ったのである。

この大戦果に、ドイツ国内は歓呼の声で満ちあふれ、イギリス国内は逆に悄然となった。

無敵のドイツ軍は、今や東欧のみならず、地中海全土を支配しようとしていたのである。

しかし、総統の眼差しは、常に東を向いていた。

「これで、バルバロッサが一ヶ月遅れてしまった・・」

ユーゴスラビアの離反に起因する軍勢の分派は、ソ連攻撃の予定日を、当初の5月15日から6月22日へと、大幅に繰り延べさせる結果を招いたのである。だが、これが致命傷になることを予想した者はいなかった。

ヒトラーはもとより、参謀本部もソ連軍の実力を過小評価していた。将軍たちは、先の大戦で帝政ロシア軍と対戦し、その弱さを目の当たりにしている。過去の成功体験は、彼らの視野を狭めていた。

「総統は六ヶ月と言ったけど、なあに四週間で片づくさ」陸軍総司令官ブラウヒッチュ元帥は、配下の将軍たちに太鼓判を押した。「ユーゴ戦による遅れは、戦局に無影響だ。冬が来る前に戦争は終わるから、防寒具の準備もいらないだろうよ」

しかし、不吉な兆候はなおも続いた。4月12日、ソ連は日本と不可侵条約を結び、背後の安全を確保したのである。今や、反共十字軍への日本の参加は、望み薄となった。ドイツ側は、この交渉を日本に思いとどまらせようとしたのだが、バルバロッサは極秘事項であるがゆえ、松岡外相には腹芸でしか伝えられなかった。そして、松岡には腹芸が通じなかったのである。

火事場泥棒のような侵略を国是とする日独伊三国は、世界戦略の調整を互いに真剣に行おうとしなかった。このことは、後に取り返しのつかない破局をもたらすことになる。

だがその前に、脆弱な同盟そのものを揺るがしかねない事件が起きた。いわゆる、ヘス事件である。

 

 

ナチス副総統ルドルフ・ヘスは、党の要人の中では例外的な存在と言われていた。その人柄が、裏表が無く誠実だったからである。逆に言えば、その程度の人物という見方もできた。そのため、彼はその高い地位にも関わらず、政争や派閥抗争に無縁の存在でいられたのだ。

ヒトラーは、ヘスの誠実な人柄が好きで、友情を感じていた。グストルの次に心を許せる友人がルドルフなのであった。だからこそ、彼に著書『我が闘争』の口述筆記を委ねたのである。ただし、その政治的能力はまったく評価していなかった。彼を副総統の地位に就けた理由は、前任者のグレゴル・シュトラッサーが有能すぎたので、その調整をするつもりだったのである。

もっとも、党と国家が一体となった現在では、ヘス副総統の役目は、総統の代わりに典礼に出席することくらいのものである。そしてヘスは、その事が不満だった。閑職にあることが不満なのではない。敬愛する総統の役に立てない事が不満だったのである。

占星術を信じる彼は、尊敬する地政学者ハウスホーファーから、奇妙なお告げを聞いた。彼が飛行機で敵国に乗り込み、要人と会談し、和平を締結するだろうと言うのである。

「そうだ、私ならそれが出来る・・」

総統に劣らず思いこみの強いこの人物は、手段と方策を隠したまま、総統にイギリスとの和平を提案した。

「私は、ハミルトン卿と面識があります。彼と会談して、時局を収めてみたいのですが」

「うむ、戦局が我が方に有利な今こそ、チャンスかもしれぬ」ヒトラーは、忠実な副総統の両肩に手を置いて言った。おおかた、彼が中立国で会談するのだと思っていた。

ところが、ルドルフ・ヘスは、飛行機で単身、イギリスへ飛んだのである。5月10日、双発戦闘機メッサーシュミットMe110に乗り込んだ彼は、自慢の操縦技術を駆使してイギリス軍の警戒網をくぐり抜け、スコットランドのハミルトン卿の領地に不時着したのであった。

前代未聞の大事件である。

足を負傷したヘスは、付近の農夫に捕らえられ、当局に引き渡され軟禁された。そして、病院のベッドの上でハミルトン卿との再会を果たし、懸命に和平を説いたのである。

ヘス本人が目の前に居ることに驚いたハミルトンは、慌ててチャーチル首相に連絡を取った。冒険好きの首相がどのような反応を示すか予断を許さないものがあったが、チャーチルは至って冷静だった。

「空飛ぶ副総統か、面白いね。だが、私はこれからマルクス兄弟の映画を見に行く所だ。そっちの方が、きっと断然面白いよ」

ドイツ側が何らかの反応を見せない限り、うかつには動けない。様子を見ようというチャーチルの判断力は、さすがであった。

一方、ベルクホーフでその知らせを受けたヒトラーは、なかなかその事実を信じようとしなかった。しかし、ヘスの副官ピンチ大尉から詳細な報告を受けた彼は、その頬を緊張させた。

「本当にやるとは・・」

「しかし」ゲーリングが首を傾げた。「イギリスが何も言ってこないのはどうしてでしょう。途中で撃墜されたのではありますまいか」

「いいや、ヘスなら出来る。彼ならやれるだろう」

「それは、外交上まずいですぞ」リッベントロップが口を挟んだ。「日本とイタリアは、我々が彼らを裏切って単独講和を画策しているものと思うでしょう」

「何て事だっ、それはまずいっ」ヒトラーは、大声を上げた。「考えてみれば、ヘスはバルバロッサの詳細を知っている。彼が口を割ったら、取り返しのつかないことになるだろう」

一同は、肩を落として項垂れた。

「こうなったら、やむを得ない」ヒトラーは、苦渋の決断をした。

その日の夜、ミュンヘン放送は世界に向けて電波を流した。

副総統ヘスは、発狂したのだ・・・

「そうか、彼は狂人だったのか」チャーチル首相は、嬉しそうな口調で呟いた。「ならば、ヘスの持ってきた和平提案は無視して構わないというわけだ」

「・・・」佇立するハミルトン卿は、呆然となった。

狂人か。狂人とは一体なんなのだろう。あの誠実で紳士的な人物が狂人だというのなら、戦争を止めるどころか拡大していくヒトラーやチャーチルこそ、狂人ではないのか。命がけで戦争を阻止しようとしたヘスこそ、本当の英雄ではないのか・・。

ルドルフ・ヘスは、囚人として監禁され、1987年、西ドイツの刑務所でその生涯を終えることとなる。

そして、彼が食い止めようとして果たせなかった狂気の炎は、やがて全世界を覆い尽くすことになるのだ。

 

 

「いよいよだ。いよいよ、夢に見た時がやってきた。共産主義者を殲滅し、東方植民地を樹立するのだ」

アドルフ・ヒトラーは、じっと時計の針を見つめた。彼は待った。若い頃からの政治思想を実践するその瞬間を。

1941年6月22日日曜日午前3時、南北1000キロに延びる長大な独ソ国境は、激しい弾幕に覆われた。

ドイツ軍の総攻撃が開始されたのである。いや、ドイツ軍というのは正確ではない。反共十字軍だ。参加するのは、ドイツ、イタリア、フィンランド、ルーマニア、スロバキア、ハンガリー、スペイン(1個師団のみのゲスト)の軍隊である。総勢350万人、170個師団の、人類史上未曾有の大軍が、全国境から進撃を開始したのである。

寝込みを襲われたソ連陸軍は、ドイツ戦車に為すすべもなく蹂躙され、ソ連空軍は、飛行場に翼を並べているところを爆撃で苦もなく撃破された。

これほど大規模な軍勢の攻撃を察知できず、奇襲を受けたソ連軍の様相も、人類史上の奇観であろう。

スターリンの元には、既に昨年末から警告情報が舞い込んでいた。密かにドイツ軍の暗号解読に成功したイギリス政府は、スターリンにドイツの侵攻が近いことを再三に渡って知らせていた。また、東京のドイツ大使館に潜入中のスパイ、リヒャルト・ゾルゲも、ドイツ軍の攻撃日時を詳細に掴み、書記長に警告していたのである。しかし、スターリンは信じなかった。あまりにも鮮明すぎる情報ゆえ、ドイツとソ連の仲を裂こうとする西側諸国の謀略だと考えたのである。そのため彼は、前線の兵士たちに、平和を保障する旨の声明を発し、かえって彼らを油断させてしまったのだった。

こうして、無警戒だった国境のソ連軍は壊滅した。侵攻後わずか一週間で50万以上の捕虜を出し、抵抗力を失ったのである。まさに、フランスを即死させた攻撃が、再現されようとしていた。

「信じられぬ」クレムリンの首相は、頭を抱えてうずくまった。「イギリスを放置して、こちらに攻めてくるなど非常識だ。日本に、我が国との条約締結を許すなど、ナンセンスだ。あの狂人め、何を考えているのだっ」

だが、ヒトラーの謀略にだまされた事は、彼の失策には間違いない。狼狽したスターリンは、ドイツ領への爆撃を禁止するとともに、日本に休戦の仲介を頼もうとした。外交手段でヒトラーを宥めようと考えたのである。そして、全てが無駄だと知った彼は、執務室に閉じこもり、誰にも姿を見せなくなった。

ドイツ軍の進撃は、あまりにも急だった。白ロシアの大都市ミンスクは6月28日に陥落し、7月上旬には、ドイツ全軍はモスクワまでの道程の半分を消化していたのだ。

しかし、北部、中央、南部の三つの軍集団は、必ずしも足並みそろえて進軍したわけではない。北部と南部はやや出遅れて、中央だけが突出する形となっていた。そして、ヒトラーはこの事態を危ぶんだ。

「ソ連の精鋭は、どうやら北のレニングラード(現サンクト・ペテルスブルク)と南のキエフを固めているようだ。彼らを野放しにしていたら、ボック元帥の中央軍集団が横腹を衝かれる形となる。また、鉱物資源と食料は北部と南部に豊富であるから、こちらの占領を最優先するべきであろう。それゆえ、中央軍集団から、北部攻略軍と南部攻略軍を分派するべきだ」

「なんですって」ブラウヒッチュ元帥は絶句した。「モスクワはどうなさるのです。あそこは敵の首都ですぞ。モスクワを獲れば戦争は終わります。そして、中央軍集団をこのままモスクワ街道沿いに進ませれば、首都攻略は必ず成りますぞ」

「貴君は」ヒトラーは、得意げに言った。「戦争経済というものを分かっていない。第一、モスクワを占領したって、あそこには何もない。スターリンと共産主義者どもは、きっと奥地へ逃げて抵抗を続けるだろう。それよりは、資源地帯を占領して、奴らを立ち枯れにするのが一番だ」

「しかし」参謀本部のハルダー将軍も反論した。「それでは首都の敵に、立ち直る隙をみすみす与えることになりませんか」

「大丈夫だ」総統は胸を張った。「奴らはもう負けている」

その時、グデーリアン将軍が、本営の会議室に入ってきた。最前線の状況を報告しに来たのである。

「我々は、既に200個師団の敵を撃破しました。戦車3000両、大砲2500門、航空機4000機を破壊しました。味方の損害は軽微です」電撃戦生みの親は、たんたんと語った。

「見たことか」総統は、得意げに将軍たちに一瞥をくれた。

「しかしながら」グデーリアンは、頬を引き締めた。「敵の兵力はどんどん増えています。戦車や航空機も、破壊しても粉砕しても、奥地から溢れ出て来るのです。我々は開戦前、敵の総兵力を200個師団と見積もっていました。しかし、既に360個師団と戦っています。そして彼らは、死を恐れません。ほとんどの敵兵は、銃弾を撃ち尽くし、食料を食い尽くすまで抵抗をやめないのです」

「なんだって・・」総統の視線は、憑かれたように話す将軍の瞳に釘付けになった。

「敵の新型戦車T34は、味方のどの戦車よりも強力です。また敵の新型戦闘機ミグとヤクは・・」

「もうよい」ヒトラーは、冷厳な口調で言った。「君の報告が正しいと知っていたら、私は戦争を始めなかっただろう・・だが、後へは退けないのだ。我々は勝たなければならない」

「それならば」グデーリアンは言った。「本官は、モスクワ攻略作戦を提案します。戦争が泥沼化する前に、敵の戦意を喪失させ、降伏に追い込まねばなりません」

「首都攻略など、もう古いっ」ヒトラーは絶叫した。「お前たちは、モスクワを攻略したナポレオンの末路を知らないのか。ひたすらこの都市に固執した彼は失敗した。そして、我々は歴史から学ぶことができる。もう、同じ失敗はしないっ」

総統と将軍たちの対立は、今や看過できないレベルにまで達した。しかし、例によってヒトラー得意の調整が始まったのである。

「よろしい、約束しよう。北と南を押さえた後で、モスクワ作戦を開始しよう。これでいいな」

どっちつかずの曖昧な決断は、二兎を追う結果になりかねない。

しかし、北部と南部の戦局は、ヒトラーの作戦によって急激に好転した。北部では、増援を得て力付いた北部軍集団は、8月下旬にバルト三国を平定し、さらにレニングラードに到達し、9月4日、猛烈な砲爆撃で同市を火の海にした。また、南部では、グデーリアン率いる中央軍集団分遣隊が、頑強に抵抗するソ連軍の背後に回り込み、南部軍集団と力を合わせ、これを完全に包囲した。そして、死守を叫ぶスターリンの怒号も空しく、9月26日、キエフは陥落し、包囲されていたソ連兵57万と戦車2万両が全滅したのである。捕虜の中には、従軍していたスターリンの長男の姿もあった。

今やドイツ軍の戦線は、南北に一直線の垂直に形成され、その垂直線は、歩調を合わせて東へと進んでいた。9月末には、モスクワまで、残り320キロの地点に到達していたのである。

 

 

ドイツ国民は、日増しに拡大していく戦火に不安げな面もちを見交わしていたが、総統や宣伝相の言葉を信じ、最後の勝利を疑わなかった。

彼らは、ロシアの大地もフランス同様の運命を辿り、早期に屈服するものと信じていた。そして、総統の反共思想を知る国民は、二年前の独ソ不可侵条約を不可解に思っていたので、ドイツ軍の一方的な条約破棄と騙し討ちに、それほど負い目を感じることはなかったのである。

しかし、彼らが知らない事実もあった。

ロシアの後方占領地に乱入したSSの「特殊部隊」は、ポーランドの時と同様に、ロシア人エリート(すなわち共産党員)やユダヤ人を問答無用に殺戮していった。彼らは、占領地のスラブ系住民を「劣等民族」として蔑視していたため、その蛮行は、筆舌に尽くしがたいものとなったのである。

ヒトラーとナチスの第一目標は、共産主義とユダヤ人のヨーロッパからの殲滅にある。戦争の勝利よりも、こちらの方が主目的だったと言っても良い。そのためヒトラーは、慰撫し安定させるべき占領地域で、住民感情を逆撫でする暴挙を命じたのだ。

占領地域のロシア住民の中には、社会主義に反対する者も多かった。また、ウクライナ人や白ロシア人は、支配民族であるロシア人に反感を抱いていた。また、ユダヤ人も、ソビエト政権から長らく迫害を受けてきたのである。そして、スターリンの圧制を恐れ隠忍自重していた彼らは、乱入してきたドイツ軍を救世主として喜んで迎えたのである。そんな彼らに対する返礼が、黒い制服を纏ったSSの銃口だったというわけである。

絶望した住民は、自ら家や街を焼き払い、パルチザンとなって森に潜んだ。占領者は、最後まで彼らに苦しめられる事になる。

この情勢に頭を抱えたのは、「東方管理局長官」に任命されたローゼンベルクであった。アルフレート・ローゼンベルクは、最も古いナチス党員の一人である。民族理論家として、若き日のヒトラーに思想的影響を与えたこの人物は、しばらく閑職に回されていたのだが、独ソ戦争勃発と同時に、東方関係の知識を買われてこのポストに就いたのであった。

「ドイツ軍は」ローゼンベルクは、ヒトラーに詰め寄った。「あくまでも解放者として振る舞うべきです。ウクライナやアルメニアに独立をほのめかし、彼らの協力を取り付けることができれば、スターリン体制は音を立てて瓦解するでしょう」

「そんなことは分かっている」総統は、憮然として言い放った。「しかし、ロシアの大地はドイツ人が独占しなければならない。過剰な人口を受け入れるためには、なるべく多くのロシア人をウラル山脈の彼方に追放しなければならぬのだ。ロシアに残る現地人は、ドイツ人の召使いのみで十分だ。ドイツにとってロシアは、イギリスにおけるインドと同じにならねばならぬ。それゆえ、劣等民族どもの独立国など、断じて認める事はできないっ」

「ああ、この人は」ローゼンベルクは、心中深く思った。「1920年のころと少しも変わらない。脳裏に浮かぶ幻想を、あくまでも現実のものとしなければ収まらないのだ。しかし、この人は常に幻想を事実に変えてきた。今度も、そうなるかもしれぬ」

古い同志は、身震いした。

「だが、私は恐ろしい。この幻想を実現させるためには、何千万という無垢の民が犠牲となり、いくつもの民族が消滅することだろう。恐ろしい。神でもない人間に、そんな恐ろしいことが許されるのだろうか」

しかしこの幻想は、もうすぐ手が届くところにあった。10月、総攻撃を開始した中央軍集団は、モスクワ前面のソ連軍主力を包囲殲滅することに成功したのである。

ソ連政府は、ついにモスクワを棄てて疎開を開始した。

「ここまでか・・」スターリン書記長は、クレムリンの窓からパニックに陥った市街を遠望した。「おお神よ、母なるロシアを守りたまえっ」

彼は、奇跡の到来を祈った。もはや、祈ることしか出来なかった。

しかし、その祈りは聞き届けられたのである。