ヒトラーには、子供の頃から興味があった。
この人物を巡る事象には、不思議がいっぱいである。
1.民主主義の正当な手続で独裁者になった。
2.オーストリア人なのに、ドイツの主権者になった。
3.真面目な政治家なのに、悪魔の所行をなした。
4.経済の素人だったくせに、多くの失業者を貧困から救った。
5.軍事に素人だったくせに、欧州制覇を達成しかかった。
6.特定の人種に、狂信的な憎悪を持っていた。
これらの不思議に解答を出そうと、学生時代から悪戦苦闘の日々を送り続けた私は、社会に出てから初めて知ったのだ。すなわち、人間社会と人間存在には矛盾が付き物であり、矛盾こそが常態なのだと。となれば、ここでヒトラーの小説を書く目的はただ一つ。社会と人間存在の矛盾をテーマにすることである。
また、この作品は、現代通史としての側面も持っている。我々の住むこの世界の成り立ちについて、これを機会に一考するのも一興なのではあるまいか。
物語の主軸は、1人の人間の中に住む天使と悪魔である。ヒトラーは、優秀で誠実で真面目な政治家である。同時に、狂信的なイデオロギーで世界を不幸のどん底に陥れた犯罪者でもある。これらを浮き彫りにすることは、誠実で真面目の意味や、政治家として優秀であることの是非をも読者に問いかけるであろう。
この作品は、私の20世紀世界への鎮魂歌である。
平成11年6月22日 三浦伸昭 31歳