歴史ぱびりよん

13.徐州救援

 

初平四年(一九三)の夏に入ると、戦局はますます劉備にとって不利となった。

袁紹が、西の強敵と和睦したからである。

飛燕と呼ばれて恐れられたあの張燕を追い詰めたのは、呂布であった。長安を追われた呂布は、張遼ら仲間たちとともに中原に移り、そこで傭兵を始めた。そんな彼らを雇った袁紹は、匈奴騎馬軍団を張燕にぶつけたのである。これには、さすがの飛燕も閉口し、休戦を申し入れてきたというわけ。しかし、殊勲者の呂布は、戦功を鼻にかけて威張ったため、袁紹に暗殺されそうになって黄河を南に越えて逃げたという。袁紹は、度量が広いようでいて、実際は猜疑心が強い人物だったのだ。

兵力に余裕が出来た袁紹は、当然、その主力を東に向けてきた。勃海の公孫瓉はこれを迎え撃ち、劉備の援軍も得て激しく戦った。戦局は消耗戦となり、死者は山のように重なり、両軍とも疲れ果てた。ちょうどそのとき、長安から使者がやって来た。中原の諸侯が相い争うのを見かねた皇帝が、和睦仲裁に乗り出したのだ。袁、公孫両者は、渡りに船とばかりにこれに飛びつき、互いに兵を退いたのである。

「玄徳、俺は薊に帰るよ」公孫瓉は、休戦協定締結後の酒宴で劉備に語った。

「薊ですって」劉備は首をかしげた。「あそこには、幽州牧の劉虞さまがおられるが」

「俺が本初に勝てないのは、俺が州牧ではないからだ。まあ、今に見ていろ」

劉備は嫌な予感を感じたが、それを胸の奥に押し込んだ。

 

休戦が成立したので、徐州から来てくれていた陶謙の援軍が帰ることになった。

援将の一人に、下邳の陳登元龍という者がいた。まだ若いのに戦上手で、教養も深い当代の人物だった。劉備はこの者と親しい仲になっていた。

「あなたほどの人を、こんな田舎の援軍に出してくるとは、徐州は、優れた人物が多いようですな」劉備は、心からそう言った。

「いや」陳登は、冷ややかに言った。「州牧が、人の使い方を知らないだけです」

「まさか」劉備は、わざと意外そうな顔を作る。これは、情報を引き出す好機だ。

「陶謙どのは、怪しげな秘密結社をそそのかして各地で略奪させ、その上納金を手に入れるような人物です。あなたも噂は聞いているでしょう。皇帝を僭称した闕宣が、数千の民を惑わしたとき、陶謙は見て見ぬふりをしつづけて、略奪品をせしめていました。結局、闕宣は、利用価値が無くなったとき殺されました。また、笮融という者が、仏教という新興宗教に嵌まったとき、こいつを唆して黄金の仏像と大寺院を造らせて、建築費用をちょろまかしたのも陶謙です」

「ずいぶんと、ケツの穴の小さい人なんですね」劉備は、本当に驚いた。

「ところが、自分ではそのことが分かっていないのです。今に痛い思いをすることでしょうよ」陳登は、肩をすくめて見せた。

この予言は的中した。

陶謙は、向こう見ずにもしばしば兗州の国境を侵犯したのだが、その度に曹操軍に撃破されていた。

「ちくしょう、若造め。宦官の孫の濁流野郎。今に吼えずらかかせてやるぞ」

そんな彼の耳に、朗報が入った。徐州琅邪郡に疎開していた曹操の父・曹嵩が、家財とともに兗州に移動中だというのだ。息子の領土で老後を過ごす気になったらしい。

「曹嵩といえば、有名な大金持ちじゃないか。息子に輪をかけた濁流だ。山賊に見せかけてこいつを襲えば、馬鹿息子にも一泡吹かせられるし、金銀財宝も手に入って一石二鳥だわい」

なんとも愚かなことを考えたものだが、この企ては実行に移された。曹嵩とその一族郎党は、泰山の麓で皆殺しにされ、その財宝は全て略奪されたのであった。

「ち、父上」曹操は号泣し、そして怒り狂った。

曹操は、『三国演義』などの小説では非情な冷血漢として描かれることが多いが、実際には、喜怒哀楽の強い激情家であった。

「許さぬぞ、徐州のやつばら、皆殺しにしてくれる」兗州牧は、髪を振り乱して悪鬼のように唾を飛ばして絶叫した。

この言葉を、そのまま実行に移すところが、曹操の恐ろしいところである。

曹操は、本拠地をがら空きにして十万の大軍を動員すると、『報仇雪恨』の旗を掲げて徐州に襲い掛かったのだ。この勢いを徐州軍は食い止めることができず、連戦連敗を重ねて逃げ惑った。悲惨なのは、占領地域の住民である。女子供老人を問わず、一人残らず虐殺されたのだ。いや、人間だけではない。曹操の命令により、牛、馬、鶏を問わず、占領地域の生き物は全て抹殺された。死体の山が投げ込まれたために、河川の流れが堰きとめられたというから、犠牲者の数は数十万にも達した。ナチスドイツもびっくりの暴挙である。

狼狽した陶謙は、本拠地の下邳を捨てて州内を転々とした。

「援軍を求めよ、田楷と劉備と孔融を呼べい」

 

「まあ仕方ない」劉備は、大きく頷いた。「これまでの恩返しだ」

田楷と劉備は、旗下の軍勢を纏めて徐州へと進発した。北海相・孔融の軍勢も、途中で合流する。

劉備軍は、総勢二千五百。関羽、張飛、簡雍といった仲間たちはもちろん、趙雲率いる烏丸騎兵隊も一緒だ。ただ、行軍途中で、逃げまどう飢えた民衆に遭遇し、彼らも仲間に加えながら進んだため、徐州に入ったときには総勢五千に膨れ上がっていた。

陶謙は、徐州東部の郯で援軍を出迎えた。

「みなさん、良く来てくれました」陶謙は、丸顔の太った老人だった。さっそく盛大な酒宴に諸侯を招く。「曹賊の軍勢は、みなさんと入れ違いに兗州に帰ったようです。これも、みなさんの義心が天に通じたためでしょう」

「何が義心だ」と、劉備は、宴席で内心不愉快だった。徐州が破滅的な被害を受けたのは、もともと陶謙の愚挙に原因がある。

「それならば」と、孔融が発言した。「我々の役目は終わりましたな。国許に帰らせていただきますよ」

「いえいえ」陶謙は叫んだ。「曹操は、夏を待ってまた来襲すると公言しているそうです。あの狂人は、本当にこの州を無人の廃墟にするつもりなのです。どうか、この私を、いや徐州を見捨てないでください」

「どうする、玄徳どの」右隣の田楷が聞いてきた。

「刺史どのは、政務もあるからお戻りください。私は、しばらくここで成り行きを見ます。袁紹との和平が続く今なら、平原は安全ですから」

陶謙は、劉備の決意を知って大いに喜んだ。

「玄徳どの、実に頼もしいお方ですな。丹楊兵四千を授けますから、西の小沛に駐屯してくだされ。お願いしますよ」

田楷と孔融が去った後、劉備軍九千は小沛に入った。この地は、さきほどの虐殺行の被害こそ小さかったが、曹操を恐れて江南に向かう避難民が続出したため、急速に過疎化しつつあった。

小沛の民心を落ち着かせて治安を強化する彼らの耳に、気がかりな情報が入ったのは、十月末のことであった。公孫瓉が、幽州牧・劉虞を殺害したという。

「どうして、そんなことになったのだ」劉備は、田楷が寄越した使者に問う。

「公孫瓉どのは、前から幽州牧の地位を手に入れたいと考えていました。そこで、薊の郊外に城を築き、劉虞さまを挑発したのです。誘いに乗った劉虞さまは、兵を集めてその城を強襲したのですが、返り討ちにあってその軍は壊滅。劉虞さまは捕虜となりました」

「・・・・・・」

「公孫瓉どのは、炎天下の市場に劉虞さまを引き出して、こう言いました。『お前が真の仁君なら、雨を自在に降らすことが出来るはずだ。やってみろ』。雨は、結局降りませんでした。劉虞さまは、民衆を誑かした罰として、その場で斬り殺されたのです」

「なんてことだ」劉備は、天を仰いで嘆息した。

その脳裏には、七年前に見た劉虞の優しい笑顔がよぎった。思えば彼は、劉虞の政治のやり方を尊敬し、それを見習って今までやって来たのである。

「あの仁君を惨殺したとなれば、ただでは済むまい。幽州の士大夫たちは、伯珪どのを深く恨むことだろう」

「・・・公孫瓉どのは、恐怖政治で切り抜けようとしております」

「駄目だよ、それじゃあ」劉備は、首を左右に打ち振った。師兄に対する尊敬の気持ちは、急速に冷えた。「士大夫を敵に回したら、政治にならないじゃないか。伯珪どのは、董卓の二の舞になるぞ」

劉備が、陶謙からの推挙を受け、その傘下に収まる気になったのは、そうした失望の思いが原因であった。こうして、劉備は豫州刺史となった。

「兄貴、いつのまにか出世したね」城に落ち着いた張飛が、嬉しそうに言う。

「馬鹿いえ」劉備は吐き捨てるように応えた。「豫州刺史なぞ、今の世の中ゴロゴロいる。それよりも、来年の曹操の出方が心配だ。十万に攻め立てられたら、こんな小城は木っ端微塵だぞ」

「それにしても、見損なった」関羽が暗い目をさまよわせた。「曹操が、あんな男だとは思わなかった。もっと冷静で合理的な政治家だと思ったのに」

「あれじゃあ、狂犬と同じだ。少しでも尊敬した俺が馬鹿だった」劉備も、憤りの心を隠しきれない。

「なんとか、曹操の侵攻を阻止する方法は無いのでしょうか」趙雲が溜息をついた。

「十万か」関羽が呟いた。「恐らく、曹操軍の全軍でしょう。本拠はがら空きのはずです。どこかと同盟して、後ろから攻めてもらうのが最善の策でしょうな」

「曹操だって、そんなことは百も承知だろう」簡雍が腕組みして唸る。「袁紹と劉表は曹操の盟友だし、袁術と張燕は先ごろの大敗から回復できてないし」

「長安の連中は?」劉備が眉を上げる。

「李確たちは、仲たがいして内部抗争中らしいです」関羽が、肩を落とす。

「そういえば、あいつはどうしたんだっけ、あの匈奴の親分はよお」

この張飛の一言に、満座の視線が集中した。

 

曹操は予告どおり、興平元年(一九四)夏、徐州に再度の遠征を行なった。前年と同じく、十万の兵力を動員し、徐州の絶滅を図ったのである。感傷的になった彼は、自分の死をしきりに口にした。

「この戦は、徐州を絶滅するか、俺が死ぬかのどちらかしかない。俺が死んだら、孟卓を頼れ」そう家族に言い残す、白装束に身を包んだ四十歳の姿があった。

孟卓とは、張邈の字である。この兗州陳留郡太守は、曹操の親友でもあった。彼は、早くから曹操の才能を見抜き、影に日向に彼を支え続けてきた。しかし、その心に最近、疑念が芽生えてきた。

第一に、曹操が、袁紹に必要以上に媚びていることである。張邈は、かねてより袁紹と不仲であるが、袁紹から曹操のところに、張邈暗殺指令が出ているとの噂がしきりであった。もしかすると、曹操は袁紹の要求に屈するかもしれない。

第二に、徐州での虐殺行が常軌を逸していることである。曹操は、もしかすると張邈が期待したような英雄ではないのかもしれない。単なる狂人なのかもしれない。

煩悶し悩む張邈のところに、一人の人物が現れた。曹操の参謀・陳宮公台である。有能な士大夫である陳宮は、儒教道徳に逆行する主君の蛮行に絶望していた。彼らは、曹操の狂気を嘆き悲しみ、愚痴を言い合った。

そんなある日、張邈の居城を意外な客が現れた。袁紹のところを追い出された呂布である。呂布の傭兵団は、仕事にあぶれて食うに困っていたので、職を探しに来たのである。

「今は間に合っているよ」張邈は、動揺を抑えきれずに応えた。「兗州は、平和だ」

「ああ、それは残念だなあ、今なら安くするのに」呂布は、がっかりした。「俺はこれから河内の張楊のところに行くつもりだ。もし気が変わったら、いつでも言ってきてくれ。今なら安いんだよ」

去り行く匈奴騎馬団を見送りながら、張邈と陳宮は蒼白な顔を見交わした。彼らの胸中に、深刻な決意が生まれつつあった。

 

徐州に攻め込んだ曹操軍は、破竹の勢いを続けていた。彭城から下邳へ東行して、たちまち五城を屠る。そのままの進路を保って、一気に陶謙の居城・郯を衝く構えだ。

劉備は、曹操の北上を予期して小沛の守りを固めていたが、曹操軍が東に向かうことを知ると、その後を追って郯へと向かった。郯の前面で決戦を行なうであろう陶謙軍主力と合流するためである。

道々、多くの避難民の群れに出会った。みんな、住み慣れた故郷を捨てて、長江の南に向かうのだ。老人は足を引きずり、子供は泣き喚き、悲惨この上ない有様だ。

劉備の乗馬のすぐ脇に小道があって、そこに大きな馬車がへたりこんでいた。夫婦らしい男女が馬に鞭を当て、二人の利発そうな少年が車の後ろを押している。

「大丈夫か」劉備は、思わず声をかける。

夫婦は、車上で大きく頷いてから礼をした。

すると、車の後ろを押していた少年の一人が、こちらに駆け寄ってきた。十歳くらいの大柄な子だ。

「偉いな、坊主」劉備は、馬上から声をかけた。「どこまで行くんだ」

「叔父さんの住む荊州まで」

「荊州か、随分遠いな」

「おじさんは、どこへ行くの」

「・・・悪い奴らを退治に行くんだ」

「おじさんは、絶対に勝つよ」

「・・・どうしてだい」

「正義が邪悪を駆逐するって、本に書いてあったよ」

劉備は、大人びた返答にとまどった。

「賢いね。名前は?」

「諸葛亮」少年は、無邪気な目で騎馬武者を見つめる。

「良い名前だ」劉備は馬から降りて、少年の頭を撫でた。「おじさんは、君のために勝つよ。約束する」

少年は、白い歯を見せて微笑んだ。前歯が一本欠けているのが、印象的だった。

しかし、郯の戦いは悲惨な負け戦となった。

大打撃を受けた劉備軍は、散り散りになってようやく城内に逃げ込んだ。その後から、陶謙軍の曹豹と陳登も続く。

「城壁を固めろ」「急いで門を閉めろ」

劉備たちは、声を嗄らして叫んだ。郯の城外は、曹操軍の海である。すでに、支城の襄賁は陥落した。

住民たちの恐怖の声は、天をつんざいた。この城門が破られたら、一人残らず殺されてしまう。母親は赤ん坊を抱きしめ、恋人同士は互いの肩に顔をうずめた。

いや、一番恐怖したのは、城主の陶謙だったかもしれない。

「もう嫌だ」駄々っ子のように泣き喚く。「こんな州、誰にでも呉れてやる。わしは丹楊に帰る。もう嫌だ」

殿様がこんなだから、群臣たちも怯えて立ちすくみ、何の対策も思い浮かばない。

「三日間の辛抱です」政庁に飛び込んだ劉備の第一声であった。「三日間耐え抜けば、曹操軍は撤退するか破滅するでしょう」

「何を根拠に」曹豹は、唾を飛ばした。「気休めは止めてくれ」

「気休めじゃない。俺を信じろ。信じて耐えるのだ」劉備は、曹豹の襟首を掴んで怒鳴った。

劉備の言葉は、城内の隅々まで伝わった。人々は、その言葉にすがって過酷な環境に耐えた。陶謙軍の兵士たちも、劉備の名を唱えながら、城門と城壁を堅く守ったのである。

篭城二日目の夜、関羽は宿舎の劉備を訪れた。

「兄者、明日で三日目ですぞ」

「うん、分かっているよ」劉備は、精気の抜けた表情で寝台に横たわっていた。

「三日は、短すぎましたな」関羽はうつむいた。「せめて、十日と言うべきでした」

「あの場は仕方なかった。みんな自信を無くしてたから、三日が関の山だった」

「張遼は、間違いなく俺の書状を読んだはずです。しかし、それから呂布を説得し、軍を整えるとなると・・・」

「正義は、邪悪を駆逐する・・・」

「・・・それは誰の言葉ですか」

「道端で出会った子供の言葉だ。俺は、その子に必ず勝つと約束したのに、今となっては全てが虚しいな」

「明日が最後です。華々しく散りましょう」

「うん、雲長も、早く寝な」

「それでは」

「雲長」

「えっ」

「今まで、ありがとう」

関羽は、目頭を押さえて退出した。

しかし、奇跡が起きた。

その翌朝、曹操の大軍は、郯から姿を消したのである。いや、徐州から撤退したのであった。

城内は、割れるような大歓声とともにお祭り騒ぎとなった。

劉備を称える声が辻に溢れた。民衆は、生き神さまを一目拝もうと群がった。

例によって便所に逃げ込んだ三兄弟と趙雲、そして簡雍は、情勢の変転に思いを馳せた。

「曹操は、今ごろ滅亡しているかもしれぬ・・・・」

劉備は、複雑な想いで窓から西の空を見つめた。