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世界旅行記

エストニア、フィンランド旅行記

5/3木曜日 帰国

朝の散歩

 今日は、帰国の日だ。

 フィンランドは結局、飛行機待ちのために一泊しただけだね。そして、ヘルシンキの街は機能的で居心地は良いのだが、あまり楽しい場所ではないことが分かった。この国はむしろ、電車や高速バスで郊外や田舎に出かけた方が楽しいだろう。次回、この国に来る機会があるなら、ぜひそうしよう。

 気になったのは、街の中で、年齢の割に衰弱しきって歩くのも困難な老人を多く見かけた点だ。この国は福祉国家のはずなのだが、それ以上に寒さなどの環境要因が劣悪なのだろう。俺は、トラム車内などで老人を見かけた場合、積極的に席を譲るように心掛けたのだった。

 日本の知識人は、みんなエストニアやフィンランドを無条件に褒めるけど、一度こっちで生活してみると良い。自然環境が悪いからこそ、政府がそれを補うために福祉強化やIT合理化に力を入れるわけだから、日本とは置かれた条件が全く違うのだ。

 ともあれ、ホテル1階に降りて、バイキング形式の朝食を頂く。エストニアと同じで、あまり旨くないね。まあ、期待してなかったから別に良いけど。

 8時にはチェックアウトして、今回は1番トラムで市街中心部を目指す。だんだんと土地勘が湧いて要領が分かって来たので、適当な場所でトラムを降りてから東進すると、難なくマンネルヘイム通りに出た。そこで、国民博物館の場所など把握してから中央駅へ、そこから南下してエスプラナーディ公園を散策。ヘルシンキ大聖堂に出てからマーケット広場へ。さらに市街の東に移動してウスペンスキー寺院などを外から見学した。

 この散歩中に惹かれたのは、カタヤノッカ波止場の手前に建つ、「スカイウイール・ヘルシンキ」なる観覧車。ゴンドラの一つがサウナ室になっていて、サウナを浴びながら景色を眺められるという不思議なアクティビティらしい。もう一日余裕があるなら、試したところだが。でも、ヨーロッパの街には観覧車は似合わない気がするなあ。「ロンドン・アイ」にも行ったけど。

 今日の天気はといえば、朝方は曇っていたのだが、だんだんと晴れて気温も上がって来た。そして、我が体調もかなり良くなった。フィンランドの風邪薬は強力なのだなあ。あるいは、サウナが効いたのかもしれない。実際、日本のサウナより体の内側から温まる感じで強烈だったからな。湯加減の面倒を見てくれたあの青年に感謝である。

 やがて11時近くなったので、また中央駅の前を歩いてマンネルヘイム通りに入る。この通り沿いには、国会議事堂や様々な音楽ホールがあって楽しいし、オリンピック競技場の大規模改修工事をしている様子も望見できた。

 国民博物館の前まで歩くと、その付近のベンチに腰かけて開館時間まで日向ぼっこ。なぜかこの博物館では「バービー展」をやっているらしく、それ目当ての子供たちが周囲にウジャウジャしていた。

 ロリコン的に嬉しいかと言えば、案外そうでもない。フィンランド人の子供は、なんとなくドイツ人と同じで、ゴツゴツしていて可愛くないのだ。戦争が強い民族は、みんな共通の身体的特徴を持つのだろうか?単なる偏見かもしれないが。

 さあ、これからフィンランドの歴史を勉強するのだ!

 

国民博物館

 開館時間11時になったので博物館に入る。ロビー中央の受付で、入場料12ユーロを払ってから、子供たちを掻き分けて荷物置き場に向かう。ここのコインロッカーは、使用時に投入したコインが荷物回収時に返って来る仕様なのだが、説明がどこにも無いので、使い方を会得するのに手間取った。こういった部分のサービスは、日本の機械の方が上かもね。

 さて、身軽になってロビーに出て来たのだが、拝観順路が良く分からない。なんとなく階段で2階に上がると、そこの吹き抜け空間が「カレワラ」の展示になっていた。カレワラというのは、日本でいう「古事記」みたいなもので、古代フィンランドの神話集である。もっともカレワラは、この国が20世紀に入ってロシアから独立することになった時に、学者たちが慌てて作った部分が多い書物であるようだ。つまり、新興国フィンランドにおいて、国民全体の愛国心を吸引するための触媒として、政策的に造られたわけ。

 程度の差はあれ、こういう現象は世界の中で一般的である。イタリアでも「クオレ」が書かれたし、チェコスロヴァキアでもフス派の偉大さが強調された。日本やドイツでは、そういった歴史の美化に加えて民族的優秀さを強調する教育が展開されたため、後の世界大戦へと扉を開いた。フィンランドでは、それがカレワラだったというわけだ。

 興味深く神々の展示を見てから、2階の次の部屋へ進むと、いきなりソ連勃興の展示になったぞ。どうやら順路を間違えたようだ。まあ、いいだろう。マイペースに順不同でいろいろとみているうちに、どうやら正しい順路が分かって来た。時代を遡るように歩いていくと、らせん階段を降りた1階の南翼が原始古代の展示だった。つまり、本当は1階のここから見始めるべきだったのだね。

 そこで、この場所からもう一度、逆ルートで展示を見て行く。意外と広くて充実した博物館で、貴族の屋敷を継ぎはぎしたような構造もオイラ好みだ。

 現代のコーナーで面白かったのは、歴代のフィンランド大統領の写真が並ぶ展示の最後の部分が、子供たちの顔写真が次々に切り替わる動画になっていた点だ。これらの子供たちの顔は、おそらく博物館を訪れた時に撮影されたものだろう。つまり、「未来の大統領は、博物館を訪れた君なのかもしれないよ?」というメッセージなのだ。民主主義国家における歴史の最後のページとしては、とても夢が溢れる素晴らしい仕掛けだと思う。

 すっかり堪能したのだが、時計を見るともう午後1時である。空港方面に向かうとするか。

 

ヘルシンキ空港~帰国

 博物館の前から、5番トラムに乗ってヘルシンキ中央駅に出る。

 これからの残り少ない時間を有益に潰す方法が、他に無いかどうか考えたのだが、どう考えても時間切れである。そこで、中央駅から特急列車に乗って空港に向かった。この快適な空港行き列車の料金は、初日に買った公共交通機関乗り放題2日券の中に含まれているので、リーズナブルである。空港と市街の往復用鉄道で、余計に3千円程度のカネをぼったくる日本やイギリスは、少しはこれを見習いたまえ!

 さて、空港構内に入ったところにバーガーキングを発見。今日の昼飯は、これで良いや。南アジア系の店員さん(ヘルシンキ大学の留学生かな?)から、売り出し中のキングベーコン・バーガーセットを買い、店内で食べる(9.3ユーロ)。海外旅行一人旅で必ずバーキンを食べる記録は、依然として更新中なのだった。

 その後は、余ったユーロで絵葉書やお菓子を買う。それから、自動チェックイン機を用いてから、お土産のせいで重くなった荷物を空港に預けようとした。そうしたら、さすがフィンランド。荷物預けも全自動なのだ。機械の操作方法が分からずモタモタしていると、係員のお姉さんが助けてくれる。俺がボタン操作のたびに「すげー」「おおー」とか感心するものだから、お姉さんは大笑いだった。やはり、フィンランドは世界最高レベルのIT先進国なのだな。

 その後は、適当に時間を潰してから空港構内に入る。パスポートの自動認証で出国手続きを済ませると、17:15発のフィンエアーに乗った。また、窓側の席か。隣に座ったのは若い白人の美形カップルで、ラブラブだあ。腹具合の悪い俺が頻発する屁の臭さに大いに閉口していたようだが、ザマーミロだぜ、けっ!

 機内映画は、『ジュマンジ』の新作と『三度目の殺人』を観たのだが、どちらもイマイチだった。似たようなテーマの往年の名作と比べると、どちらも二番煎じの上にレベルダウンしているように思えてならない。役者も下手くそだしなあ。もっとも、新たに接する事柄について、何もかもが詰まらなく思えるのは、俺が長く生きすぎて経験を積みすぎたせいでもあるだろうな。そろそろ、死んで良い頃合いかもしれぬ。

 ただ、機内で読了した『日露近代史(中公文庫・麻田雅文著)』は面白かった。日本の政治家って、司馬遼太郎が言うように、大正時代の中盤から急激にレベルダウンするんだなあ。

 その原因について考察するに、結局のところ、明治期以来の教育制度が間違っていたのだと言わざるを得ない。キーワードは、高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)だ。

 

政治への信頼と高貴なる義務について

 今回、エストニアとフィンランドを短期間ながら周遊して感じたのは、これらの国々は社会全体に安心感が漲っていて治安も良い。そして、VATなどの税金が高くても、国民はおおむね納得しているらしい点だ。そういえば、フィンランドは、国民の幸福度が世界一高い国に認定されたらしい。エストニアの国際的評判も上々だ。

 その理由について考察するに、これらの国では大多数の政治家や官僚が真面目に働いていることが挙げられる。そこが、日本とは大違いだ。

 そうなった理由は、「高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)」の観念が強いことが挙げられる。すなわち、人の上に立つものは、それに見合う責任を負う。サム・ライミ監督版『スパイダーマン』風に言えば、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」のだ。

 ヨーロッパ世界は概してこの想念が強いのだが、北欧は歴史的に見ても別格である。その理由は、やはり自然環境が厳しい上に人口が少なすぎるため、リーダーが率先して模範を見せなければ何事も前に進まなかったからだろう。

 バイキングの時代からそうだが、とにかく北欧は、総大将が先頭に立って突進する国柄である。『概説・三十年戦争』で紹介したグスタフ・アドルフ国王は最前線で戦死したし、大北方戦争でピョートル大帝と争ったカール12世も、自ら先頭に立ってポーランド、ロシア、トルコを転戦している。ノルウェー映画『ヒトラーに屈しなかった国王』でも、ノルウェー国王ホーコンが「王家は民衆を守るためにあるのだ!」と啖呵を切って意地を見せる。

 この傾向は現代でも変わらない。だから北欧の民衆は、政治家や官僚を信頼するのである。

 それでは日本はどうか?俺が知る限り、家庭でも学校でもノブレス・オブリージュのようなことは誰も言わないし子供に教えようとしない。何のために過酷な受験勉強を乗り越えて偉くなるのかと言えば、それは私利私欲でしかない。

 ところが、江戸時代以前は違った。藩校などでは、士農工商の身分差別の存在を踏まえた上で、武士には民衆を守る義務があると教えていた。幕末維新の激動期に、あれだけ多くの無名武士が、文字通り命をかけて国事に奔走したのはそのためだ。つまり、激動期の日本を救ったのはノブレス・オブリージュに似た志士の思想であった。しかし、明治政府が成立して「四民平等」が形式的に実現した後は、そもそもノブレス・オブリージュの前提が無くなってしまったので、そういった考え方自体が無くなってしまったというわけ。

 先に紹介した『日露近代史』で、大正時代中盤から日本の政治家のレベルが急激に落ちる現象について触れたが、その理由はこの観点から簡単に説明できる。ノブレス・オブリージュを含む正しい思想教育を受けた世代が死去ないし引退したのが大正時代中盤で、それを正しい思想を欠く明治以来の詰め込め式の受験教育を受けた世代が引き継いだ。だから、大局観や正しい愛国心を著しく欠いたトップ層によって、日本は急激に劣化したのだ。

 今の政治家や官僚も、まったく同様である。だから、国民はトップ層を全く信頼しておらず、選挙にさえ行こうとしない。トップ層もそれを承知しているから、消費税率をわずか2%上げるためだけに、自信なさそうに様々な術策を行使して、それでさえも停滞気味だ。国民が本当に政治を信頼しているなら、一気に消費税率を25%くらいにして、その代わりに医療と教育を完全無料にするような大胆な政策も可能だろうに。

 日本はもはや、所得格差や学歴格差が大きく広がり、四民平等とか一億総中流とか言っていられる国ではなくなった。外国人も、どんどん移住してくることだろう。今からでも、トップ層にふさわしいノブレス・オブリージュを含む思想哲学教育を展開しないと、新しい時代にふさわしい実効のある政策を何一つ行えないことになるだろう。まさに亡国である。

 なお、北欧諸国の多く(キューバも)では、地方議会の議員の多くが無給のボランティアである。彼らは自分の仕事を持ち、その合間に(仕事帰りなどに)議会で働くのだ。日本も、暇な地主や芸能人(暇なだけでなく世間知らずだから、まともな政策も打ち出せない)に高い給料を払うくらいなら、北欧のやり方を見習うべきだ。その方が、一般国民の政治に対する信頼が増すのではないだろうか?

 もっとも、前述のように、日本は無駄に人口が多いから、不要な仕事を多く作って穀潰したちに捨て扶持を払う必要があるのだから、そこは考慮する必要があるのかもしれない。

 そういうわけで、今回の旅行はそういった知見を得ての帰国となった。IT先進国とかは、あまり関係なかったね(苦笑)。

 

おわり

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