歴史小説家 三浦伸昭の歴史ぱびりよん

世界史・日本史の隠れた巨人たちを鮮やかに蘇らせる!歴史小説家 三浦伸昭公式ホームページ

世界旅行記

イタリア旅行記

8月13日(火曜日) アッシジ、シエナ、フィレンチェ


 

 

 目が覚めたら、体調はすっかり回復していた。初期の日射病には、ミネラルウォーターの一気飲みが何よりの処方箋になるのだ。・・・初めて知ったぞ。

 朝飯を食ってから、ホテルの前に横付けされたバスにみんなで乗り込む。いよいよ、ローマともお別れだ。

 バスはまっすぐ北へと向かい、高速道路に乗ってアッシジを目指した。周囲にフェラーリかランボルギーニでも走っていないかと観察したが、オンボロのフィアットしか見当たらなかった。高級車は、やはり外国の成金が買うのだろうな。退屈した俺とバンちゃんは、最後部の座席でウトウトと居眠りした。さすがに、朝早かったから疲れが取れない。

 午前9時くらいにはアッシジに着いた。ここは、小高い丘の上にある美しい街である。我々一行は、麓の駐車場から丘の上へと歩き、サン・フランチェスコ大聖堂に到着した。そこには初老の日本人修道士が待っていて、聖堂内をいろいろと案内してくれた。その後、30分間の自由時間になったので、市街をウロウロと見て回った。別に、どうってこともなかったけど。

 アッシジの観光ポイントはそれだけだったので、足早に丘を降りて再びバスに乗った。次の目的地はシエナだ。

 俺は、アッシジの雑貨屋で買った白ワインの小瓶(100円)を車内で舐めたのだが、これがすこぶる美味だった。俺はすっかり気持ちよくなって、そのまま熟睡した。

 気がついたら、バスは高速道路経由でシエナに着いていた。ここも、小高い丘の上に築かれた町である。

 アッシジとシエナは、もとはエトルリア人の町だった。エトルリア人は、紀元前イタリアの支配民族であったが、部族同士で争いあって衰退したところを、南から伸してきたラテン人(ローマなど)に征服されてしまった人々である。彼らは、主に防衛の観点から、都市を丘の上に築く癖があった。ローマ人(イタリア人)は、これらの征服都市をそのまま生かして生活して来たというわけである。

 我々は、またもや丘の上に続く道を登り、ドゥオーモ(大聖堂)を見学した。それから丘を少し反対方面に降りたところにある、有名な競馬場(カンポ広場)を見学した。この辺りは、石造りの美麗な建物に囲まれた楽しくて不思議な雰囲気だったので、俺は非常に気に入った。アッシジよりは、遥かに素敵だ。ぜひ、競馬を見に来たいと思ったのだが、競馬開催のころは、ホテルの予約は1年先までいっぱいだと言うので断念した。

 それから、みんなレストランで食事をして(またパスタだ)、バスに戻った。

 今度は、フィレンチェに向かうのだ。

 バスは高速道路をすっ飛ばし、やがてフィレンチェを見下ろす丘の上にあるミケランジェロ広場に到着した。ここから眺めるフィレンチェの赤屋根の美しさは、いつまでも忘れがたい印象を残した。

 次第に陽が落ちる中、市内に入った我々はレストランで食事をし(またパスタだ)、それから近くのホテルにチェックインした。

 明日は、終日、フィレンチェの観光である。

ページ上部へ