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世界旅行記

ハンガリー旅行記(附第二次オーストリア旅行記)

7月4日水曜日 ヴァッハウ渓谷、クレムス

VAHAU

  ヴァッハウ渓谷

 やばい、やっぱり風邪っぽい。

 あわてて風邪薬を飲む。この薬は、日本を発つ前に、母親に渡されたものだ。持つべきものは母親なのだなあ、と生まれて初めて(笑)思った。

 風呂に湯を張って朝風呂を済ませると、指で歯をこすって歯磨きの真似事をする。そして0階の食堂に下りて、バイキング形式の朝飯を食った。・・・まあ、オーストリアの食い物なんて、最初から期待していなかった。このマズさは、2年前に既に経験済みだから、今さら、どうってことはない。

 フロントにカギを渡して戸外に出ると、空はやはり曇っている。でも、雨が降りそうな気配は全然ない。安心して本日のメインイベント「ドナウの川下り」に挑戦だ!

 勝手知ったヒーティング駅(2年前も使ったのさ)から地下鉄U4に乗って、途中でU3に乗り換えて国鉄の西駅に向かう。切符は、1回券を普通に買った。今回の旅行ではウイーン市内観光は眼中に無いので、下手に「1日券」や「ウイーン・カルテ」などを買うと損をするに決まっているからだ。

 さて、2年ぶりのウイーンの地下鉄に懐かしさを感じながら、西駅(ウェストバーンホフ)に上がる。ここからウイーン西方のドナウ沿岸の町メルクまで出張って、そこから遊覧船で川下りをする計画なのだ。

 西駅の切符売り場は、妙に混んでいる。訳の分からぬ外国人観光客どもが、訳の分からぬことを言って駅員さんを悩ませている状況が明白だ。でも、仕方ないので長い行列の後ろにつく。10分近く並んでようやく俺の番が来たのだが、ふと横を見ると、中国人か韓国人と思われるオバサンが途方にくれた様子で立っていた。気の毒になったので俺の前に入れてやったら、話が長い長い。ああ、いつになったら俺の番になるのだろうか。

 そのとき、東洋人のオバサンが後ろから猛烈な勢いで走ってきた。こいつ、ドイツ語と中国語をわめき散らしながら、結局、俺の前に横入りしやがった。オバサンというだけで性が悪いのに、中国人ときたらもう最悪だ。奴ら、自分のことしか考えないもんなあ。幸い、この狂騒なオバサンの用事は早く済んだ。早くと言っても、1分くらいかかったけどね。

 そういう俺の用事は?5秒で終わったぜ。5秒だぜ!しかもドイツ語で会話したんだぜ!ここがパワートラベラーの俗人と違うところなのさ。・・・もっとも、発した言葉は「ツー メルク(メルクまで)アインマル(一人)ツヴァイテクラッセ(2等車)」のみ。・・・別に、自慢できることじゃないか。

 さて、無事に切符も入手したので、雑貨屋でジュースを買い込んでホームに向かう。この駅の雑貨屋はなかなか充実していて、野菜まで売っている。でも、駅で野菜を買ってどうするんだろう?

 西駅の列車乗り場は、切符売り場からエスカレーターで1階あがったところにある。ここから、国際線も国内線も一緒に出ているのだ。

 俺が乗ろうとしている電車は、リンツ方面に向かう鈍行列車だ。あの辺りは行楽地になっているためか、8両編成の列車のうち4両までが「自転車専用車両」になっていた。これは、座席の付いていない貨物車に、自転車ごと乗り込める車両なのである。ホームでは、自転車を押した若者たちや老人たちが笑顔ではしゃいでいる。彼らは恐らく、途中駅まで電車で出かけて、そこからサイクリングを楽しみながらウイーンに帰ってくるつもりなのだろうな。なかなか楽しそうだ。

 俺は、ちゃんと人間の乗る車両のコンパートメントに落ち着いた(当たり前だが)。ジュースを飲んでくつろいでいると、後から二人連れの初老のオバサンが入ってきた。どうも、今回の旅行はオバサン運が良いらしい。ええ、ええ、結構なことで。

 いかん、いかん!旅行の初日で自棄になってはいかん。風邪のせいで心が弱くなっているようだ。・・・良く見れば、上品で知的なオバサンではないか?会話も、イングランドとかドイツとか、世界情勢の話をしているみたいだし。オバサンの方も、俺に興味を持ったようだ。俺はごらんの通り、知的でハンサムで気品に溢れているから、ドイツ人のオバサンにもてても、それは自然の摂理というもので・・・おえええ。気分が悪い。幸い(?)オバサン軍団は英語が空きしだったので、会話を交わさずに済んだのであった。ああ、良かった。

 途中の駅からは、さらにオバサンが2名入ってきた。そのうちの一人は、たいへんなヘビースモーカーだったので、もうコンパートメントが煙くてたまらぬ。うう、オバサン4名に包囲された薄幸の美青年の図じゃあ。

 しかし、俺のようなロリコン・・・がは、げひ、ごほ、ごほ!もとい若い人好きが、どうしてオバサンばかりに囲まれるのか?この世に神はいないのか!誰か答えてくれ!

 廊下では、子供たち(といっても中学生くらいか?)が大はしゃぎで走り回ってうるさい。でも、子供は、このくらいがちょうどいいのかもしれない。日本の子供は、日ごろ大人しくしすぎているから、ちょっとストレスを感じると、すぐにキレてしまうのではないだろうか?子供は、思い切り暴れさせた方が良い。・・・俺はロリコン・・・ごほ、がは、げへ!もとい子供好きだから、子供の狼藉には甘いのである。

 さて、1時間半でメルクに到着した。ヨーロッパって、首都を少し離れるととたんに緑が濃くなって空気が美味くなるのだが、オーストリアも例外ではない。

 メルクの駅前は、しかし何にもない田舎だ。空気が美味いだけだね。

 嫌なことに、雨がポツポツ降ってきた。傘持ってないけど、こりゃあ、売っている店なんてありそうもねえな。早く船に乗ってしまおう。そこで、足早に船着場へと向かう。メルクは小さな町なのだが、綺麗な教会が多い。また、町の北側の崖上には、世界的に有名な「メルク大修道院」が聳え立っていた。これは、なかなか立派だ!そこで写真とデジカメをフル活用する。実は、これがデジカメデビューなのだ。感動のあまり、やや心が震えてしまった。

 しかし、5分も歩くと町を通り抜けてドナウ川の支流に出てしまったぞ。本当に修道院と教会しかないのか、この町は?

 いつのまにか雨は止んだので、傘は必要なさそうだ。

 標識に従って、支流の河岸伝いに船着場へ到着したのだが、まだ時間が早いせいか切符売り場は開いていなかった。船着場には停泊中の大型遊覧船があり、乗り場の前には子供たちが群れている。でも、この船がいったい何時に出航するのかどこにも書いていないので不安になった。群れているガキどもは、きっと英語なんか出来ないだろうしなあ。

 日本で入手した時刻表では11時発の船があるはずだ。まだ10時だから、1時間近く余裕がある。もしかすると、この船では無いのかもしれないので、他の船着場も当たってみることにした。立看板で河岸の見取り図を見るに、この船が泊まっているのは、ドナウ川の小さな支流が本流へ合流するちょっと手前だ。この支流の上には小さな橋が掛かっており、これを越えると、本流と支流の間に横たわる中州に出ることが出来る。

 この中州は、立派なサイクリング道路が整備された大きな公園になっていた。ここをまっすぐ北に歩くと、やがてドナウの本流がその威容を見せる。いやあ、大きい。そして美しい。ウイーン以外の場所でドナウを見るのはこれが初めてだから、なにやら新鮮な感動がある。

 本流の河岸には、船着場が4つもあり、それぞれに大きな船が横付けされている。観光客らしい人たちが乗り込み中の船が1隻あったので、そこの入口で船員を呼び止めて行き先を聞いたら、この船は西へと遡行する予定だと英語で答えてくれた。つまり、これは川下りの船ではないということだ。

 やはり、最初に見た、支流に浮かんだ奴が、川下りする船のようだ。俺は、立ち込める草や花々の芳醇な香りを鼻腔に入れつつ、元来た道を戻った。いつしか気分はすっかり爽快となり、身も心も軽快になる。やはり、田舎はいいよなあ。

 さて、最初の船着場に戻ってみると、切符売り場は開いていて、大勢の観光客が今まさに並ぼうとしているところだった。俺は素早く窓口に走りより、またもや5秒でクレムス行きの切符(200シリング)を購入した。船を見ると、煙突から煙を濛々と吐き、タラップから大勢の人が乗り込んでいた。日本人観光客の団体も何組かいる。日本人って、どこにでもいるんだなあ。これはこれで、感心だ。すかさず彼らの後ろに近寄った俺は、耳を澄まして情報収集モードに入った。すると、添乗員らしき女性が、「この船は11時に出ますよ」と言っていたので、この船が俺の目指す船だという確証を得ることが出来たのである。

 中に入って船内をうろつく。このDDSG社の遊覧船は、なかなか大きくて立派だ。一階と二階には、それぞれ洒落たレストランがある。二階の船尾は、いくつものベンチが並ぶ後甲板になっている。さらにこの後甲板の階段から、屋根の上へと昇れる構造になっているのだが、この屋根というのがとても広くて、たくさんのベンチが並ぶ気持ちの良い場所なのだ。ドナウの全景が一望のもとである。というわけで、俺は屋上のベンチに腰を落ち着けることにした。

 日本人観光客以外には、子供の姿が多い。また、自転車を一階に積んでいく青年や老人の姿も多いが、彼らは、途中の船着場からサイクリングを楽しもうと言うのだろう。

 さて、メルクからクレムスまでのドナウ川流域は、いわゆるヴァッハウ渓谷である。ここは、「銀色のドナウ」の異名を持つ風光明媚なところである。両岸に険しい崖が聳え立ち、その崖上には中世の古城や由緒ある教会が立ち並んでいるという。

 やがて時間になると、屋上の中央に聳える煙突が、黒い煙をひときわ強く吐き、大きな汽笛とともに船は船尾を先に立てて動き出す。ゆっくりとドナウ本流に入った船は、速やかに方向転換し、今度は船首を川下に向けて一躍川下りを開始したのである。

 ゲルマン族の小さな子供たちは、キャーキャーと騒ぎながら、煙突の周りをいつまでもぐるぐる走り続ける。まるでハツカネズミだ。小さな子供は、何にでも感動してどんなことでも楽しめるからいいよね。

 なんちゃって、大人の俺も十分に楽しいのである。みっともないから走り回らないだけのことである。ただ、ちょっと寒い。太陽は相変わらず雲の中だし、川の上を吹く風は意外と冷たい。風邪気味の体が、この低温に耐えられるのだろうか?

 やがて、船尾からトランペットの音色が響いてくる。船尾に腰掛けた三人組の青年が、自慢の演奏をみんなに披露し始めたのだ。服装や物腰から判断するに、彼らは船会社とは関係ないストリートミュージシャンである。ヨーロッパの素人ミュージシャンは、日本みたいに自己陶酔の下品な歌を垂れ流したりしないのである。これはご機嫌だ。軽音楽を一曲演奏し終えるたびに、周りの客は(もちろん俺も)拍手喝采。いい感じだねえ。

 すると、船のスピーカーから別の音楽が流れ出した。こっちは船会社のサービスなのだろう。でも、小うるさいロックミュージックだ。はっきりいって、トランペットの音色の方が気持ちいい。この船会社には、センスというものが無いのか?

 景色のほうは、だんだんと左右に険しい崖が聳え立つようになり、まさに渓谷といった風情になる。名所に差し掛かると、5カ国語で解説が流れる。ドイツ語、英語、イタリア語、ロシア語、日本語である。でも、日本語の解説が最後なので、日本語版が流れるころには、名所はとっくに後方に去っている(笑)。やっぱり日本人は、ヨーロッパでは劣後的地位にあるのだなあ。

 デジカメと使い捨てカメラを忙しく使っているうちに、やがて雲が晴れて太陽が顔を見せ始めた。ようやく暖かくなって、体の震えが止まる。

 それにしても、ドナウ川は美しい。水は灰色に濁っているのだが、それでも何か気品のようなものを感じてしまうのだ。屋上に飽きると一階に移動して、舷側から川の流れに目を凝らした。流れは随分と速い。きっと深いのだろうな。

 日本人観光客やサイクリング目的の人の多くは、途中のデュルンシュタインの船着場で降りて行ったので、クレムスが近づくころには船はガラガラになった。やがて船はクレムスの港に滑り込み、俺の船旅は終わりを告げたのであった。

 時計を見ると午後1時。さすがに腹が減ってきたぞ。

 クレムスは、ドナウ北岸に位置する中世都市である。ただ、見所は鉄道駅前に集中しているらしいから、観光と腹ごしらえのために駅まで歩くことにした。意外と遠かった。3キロくらい歩いたんじゃないか?閑散とした、実に静かな田舎町である。

 ようやく駅に辿り付き、電車の時刻を確認する。よしよし、日本で入手したThomas       cookの時刻表どおりじゃないか。そこで、駅前広場を繁華街方面に歩きながら飯屋を探すことにした。

 珍しい店を見つけた。なんと、ウイナーシュニッチェルのファーストフードだ。ウイナーシュニッチェルというと堅苦しいが、これは要するに「豚カツ」のことである。オーストリア人は、この薄く揚げた豚カツが大好きなのだ。なるほど、ファーストフードがあっても不思議ではない。そこで試してみることにする。

 店のオバちゃんは、あまり英語が得意ではなかったけど、なかなか親切な人で、 ボディランゲージを交えて店のシステムやお勧めメニューを教えてくれた。俺は、ハイネッケンビール1本と並サイズのウイナーシュニッチェル、そしてウイーン風アップルパイを注文した。素晴らしいことに、揚げたてのシュニッチェルが20秒くらいで出てくるのである。でも、驚いたことに、で、でかい。皿からはみ出しそうになっている。これで並だぜ。ラージサイズっていったら、いったい、どういうことになるのだろうか?

 肝心のお味の方は?シュニッチェルは、結構いける。この美味さでこの値段(200シリングくらい)ならお得だぜ。アップルパイも、甘さ抑え目でグッドである。

 満腹したので、周囲の客層を眺めてみる。日本のファーストフードと同じだ。店の一角に置かれたテレビスクリーンではアニメが放映されていて、子供たちが夢中になって見入っている。別の角では、家族連れが幸せそうにシュニッチェルを頬張っている。隣のテーブルでは、男の子がテーブルの上に帳面を開いて勉強している。

 なかなか良い店だなあ、と思って感心しながら外に出た。店の看板を見ると、正式な店名は、「クレムスのシュニッチェル処(クレムサー・シュニッチェルプラッチェル)」だった。クレムスの?ってことは、この街にしか無いってこと?勿体無いなあ。ウイーンに店を出しても流行ると思うのだがなあ。

 ともあれ、電車の時間まで十分に間が有るので、市内観光と洒落込むことにした。おっと、その前に忘れてはならない。雑貨屋に入って歯ブラシを買った。

 市の中心部は、中世風の住宅が並んだ趣のある場所だった。案外と人出も多い。石畳が足に心地よい。教会や広場の彫刻もたいへんに立派だ。でも、30分も周れば厭きてくる。小さい街だからなあ。

 電車の時間はギリギリだったが、駅に向かう。うまく行けば2時の電車に間に合うはずだ。ところが、切符売り場でまたもやオバサンの妨害を受けた!2つある窓口の両方にオバサンが居座って、駅員となにやら口論しているではないか!わあーん、切符が買えない!こうして電車を一本見送る羽目になってしまった。しかし、小さくて利用者も少ない駅だというのに、俺の直前にたまたまオバサンが2人も暴れているというのは、いったいどういう偶然なんだ?この世に神はいないのか?どこまでオバサンに苦しめられたら気が済むのだ、この旅行は!

 仕方ないので、クレムス市内に戻る。次の電車は3時発だ。あと1時間、どこで時間を潰そうか。教会前のベンチに座っていると、ビールの作用もあって急に眠くなってくる。空はすっかり晴れ上がり、日差しが肌に痛いくらいだ。・・・いや、なんか、体がだるいぞ。こりゃあ、熱でもあるんじゃないか?オバサンのみならず、ウイルスも俺を虐めるというのか!教会の前でだるくなるなんて、これこそ、この世に神がいないことの証拠なんじゃないか?・・・もっとも、俺はキリスト教徒じゃないのだけどね。

 俺が乗ろうとしている電車は、ドナウの北岸伝いにウイーンに向かうやつだ。途中でホイリゲンシュタット(2年前にも寄った)を通るので、ここで降りて白ワインを飲む予定だったのだが、どうもキャンセルしたほうが良さそうだ。ホイリゲンシュタット駅には地下鉄U4が通っているから、これに乗ってまっすぐホテルに帰って休んだほうが良い。なにせ、今回の旅行のハイライトはハンガリーだ。前菜のウイーンで力尽きてしまったら、旅行の意味が無くなる。

 市街で絵葉書を買ってから、重い体を引きずりつつ駅に入る。ホームで本を読みながら電車を待つことにしたのだ。電車は、素晴らしいことに2階建ての新型車両だった。俺は当然2階に上がって、ふかふかの新しいシートの心地よさを満喫した。このシートは、一組ずつ向き合う形に置かれている。

 すると、目の前の座席に、見たことも無いようなゴージャスな美女が座った。映画や漫画に出てくるような、典型的なゲルマン美女である。あまりに美しすぎて、人間に見えない。マネキン人形みたいである。試しに話し掛けてみようと思ったのだが、体調が悪い上に、なんとなく気が引けた。彼女から見たら、俺なんかサルの惑星だもんな、きっと。

 美女はもとよりドナウ北岸の美しい景色に見とれる間もあらばこそ、俺は爆睡した。眼が覚めたときは、もうウイーン市内に入っていた。午後4時の太陽は、西に傾きつつある。次の駅はホイリゲンシュタット。まさに絶妙のタイミングで目覚めたというわけだ。

 席を立とうとした俺は、勢い良く立ち上がりすぎたため、上の手すりに思い切り頭をぶつけてしまった。すると、ゲルマン美女は笑うどころか、驚きと同情がないまぜになった豊かな表情で「大丈夫ですか?(ドイツ語だったけどこんな感じ)」と声をかけてくれた。なんと、完璧美女は、感情豊かな心優しい女性だったのだ。無理してでもナンパすりゃあ良かったかなあ。・・・ドイツ語で流暢に会話する自信はないのだが。

 さて、どういうわけか、ホイリゲンシュタットで降りる人は犬を連れていることが多い。ここは、首都の郊外にしては、自然が豊かで楽しいところだもんな。ただ、ワンちゃんは人間ほど秩序を持って生きてないから、どうしても降り口で渋滞するのだ。俺は犬が大好きなので、ついつい頭をなでたりしちゃう。飼い主はみんな、嬉しそうに俺に話し掛けるのだが、残念ながら何を言ってるのか分からなかった。言葉に不案内だと、こういうときに損をした気分になるよね。

 とりあえず、駅の外に出てみる。ああ懐かしい。2年前と少しも変わっていない。38Aのバスもそのままだ。2年前は、ここからバスに乗ってベートーベンの家を見に行ったり『田園』の散歩道を歩いたり、カレンベルクに登ったりしたんだっけか。白ワインも美味かったよなあ。・・・いかん、いかん、ここで無理をするわけにはいかん。

 俺は自らの心に鞭を打って、地下鉄の切符を買うと、ホテルへの帰路を辿ったのであった。U4だと、ヒーティング駅まで乗り換え無しの一本だ。

 ふらふらする体を支えつつホテルのフロントに入ると、ああ、なんということ。またもやオバサンだ。ちょうどバスで到着したばかりの観光客団体がロビーにひしめき合い、フロントではオバサンたちがホテルマンと口論をしている。これではカギが貰えない。おお、悪夢を見ているかのようだぞ。

 仕方ないので、すぐ近くのシェーンブルン公園で時間を潰す。相変わらずバブリーな公園だぜ。俺は嫌いだな。まあ、この時期は花が咲き乱れて綺麗だけどね。

 公園の外の商店街を散歩すると、いわゆる寿司スタンドがあった。そういえばホイリゲンシュタットの駅構内にもあったな。黄色い看板の小さな店で、日本人の板前がいた。これって、2年前は無かったぞ。ここ2年で、寿司の美味さが脚光を集め出したということか?なんにせよ、日本のプラスイメージが世界に広がるのは良い事だ。

 ようやく、ホテルのフロントに齧り付く。受付の兄ちゃんが、ルームナンバーを言う俺の英語の発音を聞き取れないので、ドイツ語で「トライ・ジーベン・ツヴァイ(372)」と言い直して意思疎通した。英語のスリーは、なかなか発音が難しいので、兄ちゃんが聞き取れない可能性は考慮のうちだった。そこで、事前にドイツ語の発音を頭の中で用意しておいたというわけ。起こりうるすべての可能性を考慮して事前に準備をしておけば、何事もスムーズに運ぶものなのである。・・・偉そうに言ってるけど、要するに英語の発音が未熟だってことなんだけどね。まあ、自分の未熟さを十分に知っているだけ、俺は賢いということさ。これって、結構、重要なことだぞ。

 午後5時半。部屋に入ると、購入したての歯ブラシで歯を磨き、風邪薬を飲んで、服も脱がずにベッドに潜り込み、そのまま朝まで爆睡し続けた。

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