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世界旅行記

ハンガリー旅行記(附第二次オーストリア旅行記)

7月6日金曜日 ブダペスト到着

budapest

ブダペスト~ドナウの真珠

 

 いよいよ、ブダペストへ移る日が来た。マズい飯を掻っ込むと、フロントでチェックアウトを済ませ、パーク・シェーンブルン・ホテルと別れを告げる。多分、二度と来ないだろう。ウイーンは、もう厭きたからなあ。

 ブダペストへは電車での移動なので、2日前と同じ手順で西駅に入った。切符は、事前に旅行会社から渡されているので気楽だ。雑貨屋でジュースを買い込んで、ハンガリーへの国際列車の2等席コンパートメントに座った。

 国際列車というと格好良く聞こえるが、車両は何しろハンガリー製である。形は昔の世田谷線みたいだし、濃い青でなされた彩色もかなり色褪せてきている。こういうのを見ると、オーストリアとハンガリー、すなわち西側と東側の経済力の差が良く分かる。

 8時25分の発車間際になって、小学校低学年くらいの男の子を連れたデブのオバサンが、俺のコンパートメントに乗り込んできたのだが、何しろ荷物が多いので8人乗りコンパートメントが一杯になってしまった。まあ、国際旅行はこれが当たり前なのだ。ボストンバック1個で旅をしている俺の方が異常なのかもしれぬ。なかなか良い感じの母子に見えたので、何度か会話を試みたのだが、残念ながらドイツ語しかできない人たちだったので、コミュニケーションを断念せざるを得なかった。

 さて、動き出した電車は、昨日と同様、一面の麦畑やヒマワリ畑の中を快走していった。いつのまに、国境を越えたのか?1時間も経ったころ、それぞれオーストリアとハンガリーの車掌さんが、パスポートのチェックにやって来た。実に簡単である。こうして、知らぬ間に電車はハンガリーの平原を疾駆していたのであった。といっても、別にオーストリアと変わったところは無い。相変わらず、麦畑とヒマワリ畑が見えるだけだ。ただ、途中で停まったジョールやコマーロムやタタなどの駅舎は、オーストリアやチェコに比べると、小さくて汚れが目立つ。やはり、経済はあまりうまく行っていないのだろうな。

 眼前の親子は、楽しそうに遊んでいる。子供は、ゲームボーイに厭きると、小さな双六を取り出した。これは磁石で駒がくっ付く奴で、しかも盤を入れ替えることで何種類もの双六が楽しめるもののようだ。親子は、サイコロを振りながら楽しそうに双六に興じた。俺も仲間に入りたくなったが、何しろ言葉が通じないのではしょうがない。それにしても、親子の情景なんて、国籍や人種が違えども変わり映えしないものなのだなあ。

 やがて、途中の駅から人が大勢乗って来た。どいつもこいつも大きな荷物を抱えている。俺のコンパートメントに入ってきたのは、2人の若い女性だった。荷物の上げ下ろしに苦労しているので、俺が長身を生かして手伝ってやったところ、美しい娘たちは、ドイツ語で「ダンケシェーン」と言いおった。ちいっ、英語で答えるようならナンパする予定だったのだが。まあ、仲良し親子の前じゃ、ちょっと動き辛かったけどな。

 こうして、11時半にブダペスト東駅(ケルティ・パーヤウデュバル)に到着した。この美しい駅は、ブダペストを舞台にした映画には必ず登場するので、映画マニアの俺は、少なからずデジャブを感じたのである。

 なにしろ、3時間も電車の窮屈なコンパートメントにいたので、嬉しくなって駅のホームを少しウロウロした。意外と、呼び込みが多い。「いいホテル紹介します!」と英語で言う呼び込み姉ちゃんに捕まったのだが、既にホテルは決まっていると答えて断った。

 さて、とりあえず荷物を置きたいので、ホテルへ向かうことにする。おっと、その前に「ブダペストカード(ブダペスト市内の交通機関3日間使い放題券)」を購入せねばならぬ。地下1階のインフォメーションで聞いたら、上階に行けとオバサンに言われた。そこで上階(プラットホーム)のインフォメーションで聞いたら、地下1階で聞けとオジサンに言われた。いったい、どっちなんじゃあ。

 しょうがないので、地下鉄M2の入口に向かう。切符売り場は、たいへんな行列だ。さすがに並ぶ気はしないので、しばらく国鉄の地下商店街を冷やかしてから戻ると(なぜか、古本屋が多かった)、今度は多少すいていた。前後の観光客はしきりに「3日チケットだよ」「分かった」などと英語やドイツ語で会話を交わしているから、やはりここで買えるのだな、と安心して並び、無事にブダペストカードをゲットした。

 地下鉄M2は、深いところを走る赤い車両だ。ブダペストには3本の地下鉄が走っているが、もっとも浅いところを走るM1は黄色、次に深いところを走るM3は青色、最深部を走るM2が赤色という具合に区別されて、たいへんに分かり易い。ただし、この3路線はデアーク広場駅でしか交錯しないので、色分けを厳にしてもあまり意味がない気もする。

 さて、赤色電車に乗ってモスクワ広場駅を目指した。ドナウ川を越えて反対側だ。つまり、ペスト地区からブダ地区への移動ということになる。ブダペストの地下鉄は、車両はボロいけど、なかなか快速だ。駅に着くとユーモラスな音楽とともにドアが開き、発車するときもユーモラスな音楽を鳴らす。

 目的の「ホテル・ブダペスト」は、モスクワ広場から歩ける距離だと思うのだが、この広場はたいへんに治安の悪い場所だという噂が気になる。でも、まだ昼の12時だ。広場を行き交う人の顔を見ても、それほど危険は感じない。

 そこで、ボストンバックを担ぎながら、見当をつけてホテルへの道を歩き出す。意外と遠い。どうも、ブダペストは当初のイメージよりも大きな街であるらしい。プラハとは違う。

 足は相変わらず痛いし困ったな、と思っていると、前方から背の低い色黒の男性が近づいてきた。「英語話せますか?道に迷ってしまったんです」と言うので、彼の広げる道路地図を覗き込んだ。なんで、どいつもこいつも俺に道を聞くんだ?しかも、そいつの英語は下手糞で、しかもなぜか動揺気味だったので、結局、何を聞きたいのか分からない。業を煮やしていると、いきなり後ろから声をかけられた。いつのまにか背後に、二人組の私服の若者が忍び寄っていたのだ。「警官です。パスポートを拝見!」

 なるほど、これが噂の「偽警官」というやつか。前のチビは囮というわけだ。だから動揺していたのだな。瞬時にこれらのことを悟った俺は、チビが自分の懐をさぐっている間に、「ソーリー!」と短く言って、足早にホテル方面に歩き出した。すると、二人組は小さい声で「オーケー」とか言って、追ってこようとしなかった。

 よ、よえー!弱すぎるう!そんな屁っ放り腰じゃあ、俺を詐欺るには十年早えぜ!

 まあ、それは今だから言える事で、そのときは心臓がバクバクだったのだが。

 どうも、この街はあまり治安が良くないらしい。これはあまり無茶をせず、保守的に用心しながら観光するべきだな、と思った。

 ようやくホテル・ブダペストに到着する。モスクワ広場から2キロは歩いたか?円筒形の白壁のユニークなホテルだ。昼間からチェックインできるか不安だったのだが、フロントの兄ちゃんが愛想よく応対してくれて大丈夫だった。それにしても、兄ちゃんの話す英語にロシア語訛りがあるのが印象的だった。もしかすると、冷戦時代にロシア人教官から英語を学んだ口かもしれない。

 このホテルは、いわゆるアメリカンスタイルだった。つまり、日本のビジネスホテルと良く似た造りだ。情緒は無いが、機能は充実している。有料でエロビデオも見られるようだが、日本の品位を落とすのは心苦しいので、見ないことにした(つくづく国益に貢献してるよな、俺)。

 さて、腹が減ったのだが、この付近にはレストランらしきものが見あたらなかった。ホテルのレストランはきっと高いだろうし。そこで、昨晩の夕飯の残り(ウイーンで買ったパン)を部屋で食って、お茶を濁すことにした。

 とりあえず腹も膨れたので、さっそく外出することにする。当初の予定ではブダ王宮を観光する予定だったのだが、気が変わった。天気がとても良いので、山にハイキングに行きたくなったのである。さいわい、ホテルの目の前が「登山電車」の駅だった。ブダペストカードを部屋に置き忘れ、慌てて取りに帰るなどのハプニングに遭ったが、ちょうど良いタイミングで登山電車に乗り込むことが出来た。

 登山電車は、要するにケーブルカーである。ただ、ケーブルカーにしては走行距離が2キロと長いし、また、丘の尾根を縫いながらグネグネと良く曲がる。箱根登山鉄道を想像してもらうのが一番かな?スイッチバックはしないけど。

 俺の目標は、ブダ地区(ブダペストのドナウ西岸地区)最高峰のヤーノシュ山(527メートル)である。この山頂からブダペスト全市を望見しようと言うのだ。この山に登るためには、登山電車の終点を降りて、もう一本の電車に乗らねばならぬ。すなわち、「子供鉄道」である。

 子供鉄道とはなんぞや?運転手以外の全てを、10歳~12歳の子供が担当しているという、とんでもない電車なのである。ハンガリーの労働基準法は、大丈夫なのだろうか?

 さて、登山電車を降りて、草の香りが香ばしい蝶の舞う山道を少し歩くと、子供鉄道の駅に出る。発車まで30分近くあったが、駅舎の周辺の山道を散歩するのが楽しいので、退屈することはない。

 発車時間が近づいたので切符売り場を覗くと、そこにはやはり10歳くらいの男の子が座っていた。青い鉄道の制服に身を包んだ少年は、真面目な難しい顔で、お客さんに切符を売っている。まあ、俺はブダペストカードがあるから、切符を買う必要は無かったのだが。裏手に回って事務室を覗くと、やはり青い制服に身を包んだ少年少女が、事務机に座って一心不乱に何か書いていた。あいつら、何をしているのだろう?伝票切ったり帳簿を付けたりしているのか?案外、クレヨンでお絵かきしてるだけだったりして。ぷぷぷぷっ。

 やがて、ディーゼル機関車に牽引された2両編成の子供鉄道が、駅の構内に入ってきた。ここは終点なので、ディーゼルはいったん切り離され、ぐるっとターミナルを回って客車の後ろに付いた。つまり、客車の前方と後方が入れ替わったというわけだ。なかなか面白い。

 もっと面白いのは、車掌さんたちである。みんな半ズボンやスカートの制服を纏った子供たちなのだ。馬鹿にしてはいけない。みんな真面目そのものだ。一心不乱に車両を点検し、小声で運転手のジイサンや仲間たちと打ち合わせをする。リーダー格は、黒い長髪の女の子のようだ。まあ、あの年頃の子供は、女の子の方が、体が大きくて気性もしっかりしているからね。

 俺は一番後ろの車両に乗った。いちおう屋根は付いているけれど、遊園地にあるようなオープンエアの車両だ。つまり、壁の代わりに白い鉄柵がまばらに立っていて、左右の景色を十分に眺められるようになっている。各車両には、一人ずつ子供車掌が乗り込んだ。俺の車両は、黒髪の眼鏡の男の子。ちぇ、イマイチだぜ。

 汽笛を鳴らして、さあ出発だ。事務室から出てきてホームに立った子供たちは、リーダーの女の子の号令一下、さっと横に整列し、いっせいに車両に向かって笑顔で敬礼をした。

 か、か、可愛い。可愛過ぎる!こいつは反則だ。この光景を見られるのなら、あと10回くらいこの鉄道に乗ってもいいなあ。くそお、ロリの血が滾ってきたぜい。

 ロリ根性は別としても、実に気持ちのいい鉄道だ。単線のディーゼルは、ものすごい山の中を走るのである。転がり落ちたら野垂れ死にするしかないって感じである。ちょうど夏の盛りで、草の香りが最高に美味い。なかなか、得がたい経験である。

 途中の駅で、車掌がもう一人乗ってきた。これは、栗色の髪の可愛らしい顔立ちをした男の子である。そいつは何を思ったか、持参してきた品物を客に売りつけ始めた。俺のところにも来たので品物を見せてもらったのだが、使い古したトランプや、涎が付いたような電車のブロマイドだ。どう見ても、「パパとママに買ってもらったけど、もう厭きちゃった」という代物である。こんなもの売りつけおって!と普通なら怒るところだが、何しろ相手は可愛い男の子である。ロリ根性の毒で理性が破綻していた俺は、ついつい「ハウ マッチ?」と聞いてしまったのだ。すると、男の子は意味が分からなかったらしく、不安げに同僚を振り返った。なんじゃ、てめえ。その程度の英語も知らないで、外人に物を売りつけるんじゃねえ!まあ、そういうところが子供なんだろうね。そんな調子だから、結局、居合わせた乗客は誰も買ってあげなかったようだ。

 それにしても、もしもこの子が、俺好みの可愛い女の子だったらどうだろう。そして、英語が分かっていたらどうだっただろう。脳味噌がヒョロヒョロになった俺は、「全部買ってあげるよ!ついでに君も買いたいな!」などと口走って、警察に突き出されていたかもしれぬ。ああ、危ない危ない。相手が、英語の出来ない男の子で良かったなあ。

 と、とにかく、ハンガリー人の子供は、それくらいに可愛いのである。俺を変態だと思う人は、一度、俺と同じ経験をすれば良いのだ。そうすれば、(多分)分かる。

 やがて、目指すヤーノシュ山駅に到着した。登山装備のジイサンバアサンが、10人くらい一緒に降りた。しかし、すごい駅だな。ホームの目の前が、いきなり切り立った崖なのである。丸太の階段がついた三筋の小道が、崖の上へと伸びているのみ。車椅子の人が間違えて降りちゃったら、駅のホームから一歩も出られないだろう。

 さて、ホーム(単なる平らな土なのだが)に立ったジイサンたちは、いきなり途方にくれた顔である。三筋の山道のうち、どれを進めばよいのか分からないからであろう。

 俺は、何も考えずに真ん中の道を登りだした。別に確信があったわけではない。俺のポリシーとして、「迷ったときは真ん中を行く」というのがある。それを実践しただけなのである。しかしジイサンたちは、「おおー、あの若者は土地勘があるらしい」と早合点したらしく、みんなで金魚の糞よろしく俺の後を着いて来た。もしも遭難したら、笑えるよな。

 ジイサンたちは足が遅いので、たちまち後方に引き離してしまった。やがて崖の上に達すると、そこからゆるやかな山道になる。高尾山みたいな雰囲気だ。ここは位置的に、ヤーノシュ山の西側だ。つまり、山頂を挟んでブダペスト市街の反対側になる。そのせいか、とても静かだし空気も美味しく、気分が浮き立つ思いである。首都のすぐ近くに、このようなハイキングエリアを抱えているハンガリー人が羨ましいなあ。

 ルンルン気分で山道を登っていると、やがて山頂が前方に見えてきた。その上には白い塔が立っている。あれがエリザベート展望台に違いない。なんだ、案外と近いじゃないか。

 さすがに汗だくになりながら展望台に辿り付き、階段を昇った。この真っ白な展望台は、3階建てになっている。1階が入口、2階と3階がそれぞれ展望台になっているのだ。いやあ、良い眺めだ。ブダペストが、遥か彼方に佇んでいる。赤い屋根の国会議事堂が、マッチ棒の先端のようだ。ドナウの流れは鼻汁のようだ(笑)。

 2階展望台でしばし景色に見とれていると、隣に小学校中学年くらいの男の子が走って来た。彼は、3階展望台にいる両親に手を振って大はしゃぎだ。両親は笑顔で何か答えている。いやあ、家族の情景って、どこの世界でも同じなんだなあ。って、日本ではこういう当たり前の光景を見なくなっている気がするぞ。俺の気のせいなら良いのだが。

 しかし、ハンガリー語って難しいよな。何言ってるんだか、見当も付かないもんな。字を読んでも、意味どころか、何て発音するのかさえ分からないもんな。周り中ハンガリー語だらけだと、さすがに不安になってくる。

 さて、帰り道は、ロープウエイを試してみることにした。途中まで歩いて降りて、ロープウエイの発着所に辿り着く。売店のアイスティーで喉を潤してから係官にブダペストカードを見せたのだが、これでは駄目だというので、仕方なしにチケットを買った。売り場のオバサンは、さすがに英語が分かったのでラッキーだった。

 ロープウエイは、実に素晴らしかった。ブダペスト市街に面した山肌を、10分以上の時間をかけて降りていくのだ。最高の眺めである。これは大当たりだね。

 さて、時計を見たらまだ3時半である。これなら、王宮の見学には十分ではないか?そこでロープウエイの降り口から市バス(158番)に乗ってモスクワ広場に出た。そこから坂道を登っていけば、王宮の北口(ウイーン門)に出るはずなのだ。

 いやあ、結構な坂道だ。足は痛いしなあ。とにかく、ようやくウイーン門に辿り着いて王宮の丘に入る。荘厳な教会や博物館が所狭しと並んでいるが、プラハ城ほどのインパクトはない。やはり、第二次大戦で完全に破壊された後で建て直した城だからであろう。

 マチャーシュ教会や漁夫砦、三位一体像などを足早に見学する。やはり、漁夫砦からの眺望は最高だ。眼前に青いドナウが横たわり、鎖橋の向こうにイシュトバーン大聖堂が屹立する。目を少し川上に向ければ、そこには赤屋根の国会議事堂や緑に覆われたマルギット島が浮かんでいる。ううむ、やっぱり凄い。さすがはドナウの真珠と謳われた世界遺産だぜ。ここで撮ったデジカメ画像は、俺の最高の宝物の一つである。

 レストランや土産物屋を物色しながら王宮へと向かう。有名なマチャーシュ噴水やライオンの門を見学し、これで一通りの見学は終了というわけだ。なんだ、まだ4時半ではないか。我ながらハイペースだわい。

 そこで、王宮の丘の東側(ドナウ川側)の小道を歩いて下り、鎖橋を見学することにした。鎖橋に面した王宮の丘の麓には、ユニークな箱型のケーブルカーがあった。乗ってみたいと思ったが、また王宮の丘に戻っても意味がないので、今回は見送ることにした。

 さて、河岸の道を渡って鎖橋を見に行く。足早に自動車道を渡ろうとしたのだが、思い直して途中で引き返した。そのとき、ふざけてバスケのピポットターンのような動きをしたら、ちょうど通りかかった車の運転席で、若い兄ちゃんが「ぶわははははは」と大爆笑した。ううむ、ブダペストにまで笑いを輸出するとは、俺ってヒョウキンだなあ。まあ、笑いに関する人間の感性なんて、どこの国でも同じなのだね。日本で食うに困ったら、こっちでコメディアンになるのが良いかもしれぬ。

 ともあれ、鎖橋のライオン像も見たので、ここにはもう用はない。次なる目標は、言わずと知れた温泉である。ハンガリーは世界的な温泉王国であるから、温泉を満喫しないことには来た意味がないのである。

 美しいドナウの川面を眺めながらブダ地区の川沿いを南へ歩いていくと、やがて白く輝くエリザベート橋が見えてきた。この橋を過ぎると、白亜の岩肌をさらすゲッレールトの丘が姿を見せる。この岩肌の麓に、目指すルダシュ温泉があった。

 ブダペストには、世界的に有名な温泉が全部で9つある。すなわち、ゲッレールト、セーチェニ、ルダシュ、ルカーチ、キラーイ、ラーツ、アクインクム、へーリア、マルギットである。

 このうち、アクインクムとへーリア、そしてマルギットは温泉ホテルで、宿泊客以外の入浴を拒否している。また、キラーイとラーツは世界的に有名なゲイの社交場であるから、俺のような美青年が迷い込もうものなら、たちまち獣欲の餌食となることだろう。やはり、オケツの処女は、大切なときに大事な人に捧げたいものだ(嘘!嘘!)。

 というわけで、俺のターゲットは残りの4箇所、すなわちゲッレールト、セーチェニ、ルダシュ、ルカーチに決定されていた。そして、栄えある(?)一番手に選ばれたのが、ここルダシュ温泉なのであった。

 ここには、水着着用温泉プールと男性専用浴場の2つのコースが用意されていた。薄暗い入口を入ったところでチケットを買うのだが、さいわい、受付のオバちゃんが俺の片言のドイツ語を理解してくれた。俺は水着をホテルに置いて来たので、浴場の方を申し込んだ。ロビーは広いし売店もあるのだが、なにか床屋の待合室のような雰囲気である。

 俺は、一番奥まで歩いて右手の通路に入った。ここが、温泉の入口だ。受付のオジサンにチケットを渡すと、腰巻をくれた。これを持って奥のロッカールームに向かうと、白い服をまとったオジサンが待っていて、空いているロッカーに導いてくれた。ロッカーは等身大の大きさで、中に入って着替えが出来る。服を脱いで腰巻を装着してからオジサンを呼ぶと、オジサンは俺を外に出してから、所持していた大きなカギで施錠した。また、ロッカーの扉についていたカギを使って別の鍵穴から施錠し、それを俺に渡した。俺は、そのカギを持ったまま風呂に入るというわけだ。つまり、二重に施錠されたのだ。これなら安心だ。盗難の心配は、万に一つもないだろう。

 さて、シャワールームでシャワーを浴びてから、念願の浴槽にチャレンジだ。

 シャワールームの奥へ進むと、大きな薄暗い浴室が現れる。15メートル四方はあるか。この浴室の中央に、大きな円状の浴槽がある。これを囲むようにして、浴室の四隅に小さな四角い浴槽がある。つまり、この大きな浴室には、全部で5つの浴槽が用意されているというわけだ。凝ったことに、この5つはそれぞれ温度が違うのだ。

 まず、中央の一番大きな浴槽を試してみた。意外とぬるい。36度くらいかな?でも、炎天下の中を歩き続けて汗だくの体には、これがこの上なく気持ちいい。お湯が噴出す噴水の下に頭を差し入れると、頭皮を打つ温泉水がまた心地よい。

 他の浴槽に、順々に移ってみたが、それほど熱くはない。ハンガリーの温泉が、日本よりもぬるめという情報は、どうやら正しいようだ。

 温泉全体が自然採光方式となっていて、天井の磨りガラスから淡い日光が差し込んでくる。浴槽の各所には凝った彫刻が置かれ、玄妙な雰囲気をかもし出す。

 客層は、やはりジイサンが多い。太った体で白髪をなびかせて、ゆったりと気持ちよさそうにしている。これなら、ゲイに襲撃される恐れもなさそうだ。

 この部屋の5つの浴槽を制覇すると、さらに奥の部屋へと進んだ。ここには、マッサージルームとサウナルーム、そして水風呂がある。そこで、サウナを試してみることにした。ドアを開けると、熱気が顔面を強く打った。どうやら、サウナは日本のよりも、温度湿度ともに高めらしい。少し躊躇ったが、ままよとばかりに部屋に入る。意外と大丈夫だ。そんなに苦しくならない。その理由は、蒸気にある。なにやら美味しい味がするのだ。何の香料を使っているのか分からないが、ペパーミントとヒノキを足したような爽やかな味がするので、あまりの気持ちよさに、サウナを出たくなくなる。日本の温泉は、この香料を輸入するべきではないだろうか?

 実は、次にマッサージを試したいと考えていた。そこで、どんなものかとマッサージルームを覗いてみたのだが、いきなりオッサンのオールヌードが目に入ってビックリ。白衣のマッサージ師は、素っ裸で仰向けに横たわったオッサンのタマキンの両脇に手を伸ばし、太もものマッサージを行っている最中であった。おえーー、気持ち悪い。自分がそんなことをされている光景を想像したら、ゲロを吐きそうになる。というわけで、マッサージに対する夢と憧れは、音をたてて崩れ去ったのである。

 いい加減厭きたので、そろそろ出ようとして元来た道を戻ったら、ロッカーのオジサンに睨まれた。裏手から回って来い、と手振りで示されたので浴槽に戻ったのだが、どこが裏手か分からずにウロウロする。結構、あちこちに通路があって、その突き当たりがサウナになっているのに驚いた。いったい、全部でいくつの温泉施設があるのか?さすがはルダシュ温泉、侮れないぜ。

 ようやく出口通路を探し当てて、そこのシャワールームでシャワーを浴びていると、隣の兄ちゃんにエッチな目つきで見つめられた。これが、世上名高いゲイという人種であろうか。俺は興味ないので、無視して出口に向かった。

 出口には、白いバスタオルが山積みになっていた。これで体を拭きながら歩くと、ちょうど体が乾くころにロッカールームの裏手に出られた。なるほど、よく出来ている。

 そこでオジサンを呼んで、オジサンがキープしていた分のロッカーのカギを開けてもらった。続いて、自分が所持してきたカギを使おうとするも、鍵穴が堅くて開かない。そこで、またオジサンに来てもらって、自分のカギの分も開けてもらった。本当は、ここでチップをあげるべきだったが、すっかり忘れていた。悪いことしたかな。

 ともあれ、こうしてルダシュ温泉を後にする。ハンガリーの温泉が実に気持ちいいものだということが良く分かった。明日以降は、温泉ハシゴを実施することを心に決める。

 時刻は6時。空は、まだまだ明るい。見上げれば、頭上にゲッレールトの丘が聳え立つ。ここは、王宮の丘よりも高いので、絶好のパノラマポイントなのだそうな。ならば、行かない手はない。そこで、エリザベート橋まで戻って、丘への入口に取り付いた。丘の入口は、なかなか格好良い。大きな滝が流れ落ちるその両脇から、丘への階段が伸びている。階段はウネウネと上方へ続くが、その一部が滝の上で橋になっている。

 俺は、足の痛みを気にしながらこの細い山道を登った。なかなかキツイ。でも、ところどころにベンチがあるし、緑豊かな木々が広がる実に気持ちの良い場所である。俺は、もともとこういう山登りが大好きだから、すっかりハッピーな気分になってしまった。東京には、こんな素敵な場所はあるまい。高尾山は、都心から遠すぎるしな。

 ようやく、有名なパノラマポイントに辿り着く。ここまで来ると観光客の姿が増えてくるのだが、彼らは、観光バスで丘の裏手の自動車道から来たものらしい。

 でも、すごい景色だ。観光客が殺到するのもうなずける。しばし、見とれてしまった。

 温泉のせいですっかり喉が乾いていたので、土産物屋を物色しつつミネラルウオーターを買ったのだが、300フォリントは高い!観光客目当てでぼってやがるな!

 喉の渇きも収まったので、さらに丘の頂上を目指した。ここには大きな城壁が聳え立ち、その隙間からナチスドイツ軍の大砲や戦車の姿が垣間見られた。ここは、大戦中にドイツ軍が占拠して、ここから雨あられと市街に砲弾を降らせた場所であるから、当時の兵器が、そのまま残っているのかもしれない。

 さらに歩いて丘の東端に出ると、有名な「しゅろの葉を持った女神像」の巨大な後姿が目に入った。これは、大戦中のソ連軍の功績を称えるために建てられた像である。

 こうやって見ていくと、ブダペストはあまり歴史に恵まれた街ではないようだ。

 俺は、城砦(チィタデラ)の中に入ってドイツ軍の兵器を見たかったのだが、どういうわけか閉館になっていた。まあ、6時半だから当たり前か。

 すっかりゲッレールトの丘に堪能したので、次は腹ごしらえをしなければならぬ。158番バスでヤーノシュ山を降りるときに見かけた「セープ・イロナ」というレストランが気になったので、ここに向かうことにした。

 元来た山道を、ドナウ川方面に下って、トラムの駅を探す。しばしウロウロして、ようやく18番トラムの駅に辿り着いた。この路線は、王宮の丘の裏手を通ってモスクワ広場に出るやつだ。俺は、モスクワ広場で降りて56番トラムに乗り換えたのだが、後で考えてみれば、そのまま18番に乗り続けても目的地に行けたのだった。

 ともあれ、56番トラムでホテル・ブダペストを行き過ぎて、さらに3駅目が目的地の最寄り駅だった。「セープ・イロナ」に辿り着いた俺は、食前酒のパーリンカとコンソメスープ、そしてビールとサラダとパプリカチキンを注文した。

 ここは、オープンエアの、なかなか洒落たレストランだった。

 パーリンカは果実酒だが、すごくきつかった。ビールはマズい。おおかた、ドイツ辺りから輸入したのだろうが、チェコのビールを経験した俺にとっては、ドイツビールなど馬の小便としか思えない。

 パプリカチキンは、期待したほどではなかった。チキンは美味いのだが、付け合せのマカロニの出来損ないが頂けない。後で、腹にもたれたしなあ。どうも、食い物もチェコ料理のほうが俺の腹に合うようだ。

 ともあれ、満腹したので、少し多めに払ってあげてからレストランを出た。

 気持ちよく酔ったので、ホテルまでの約3キロを歩いた。自動車道の左右は、いつ果てるとも分からない広大な緑地になっていた。感心したのは、道沿いのいたるところにベンチが置かれている点である。暇なジジババは、この緑地を散歩するだけでハッピーになれることだろう。

 こうしてホテルに帰ったところ、フロントで変な紙を渡された。日本語表記のカラー印刷は、日本大使館からの警告状であった。この街の危険エリアについて、図解説明がしてある。2年前のプラハでは、こんなもの貰わなかったぞ。やっぱりヤバイのかな、この街は。

 不安になりつつも、疲労していたので風呂にも入らず早めに寝た。

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