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世界旅行記

ハンガリー旅行記(附第二次オーストリア旅行記)

7月7日土曜日 バラトン湖、大温泉湖ヘーヴィーズ

HEVIZ

へーヴィーズ~世界最大の温泉湖

 

 6時に起きた。今日は、ホテルで朝飯を食うつもりはない。なぜなら、予定していた電車が、南駅(デーリ・パーヤウデュバル)7時25分発だったからである。ノンキに飯を食っている暇はない。

 今日の予定は、バラトン湖周遊である。その最大の目的は、世界最大の温泉湖へーヴィーズの観光であった。そこで、用意してきた水着をカバンに詰め込んで、南駅へと出かけた。

 ホテルの目の前が18番と56番トラムの駅だったのだが、朝早いせいか、なかなかやって来ない。諦めて、モスクワ広場の南方約1キロに位置する南駅まで歩いた。

 7時少し前に到着した南駅は、2階建ての立派な建物であるが、埃っぽくて汚い駅だった。

 驚いたことに、切符売り場はたいへんな混み具合だ。どこも20人以上の列が出来ている。間に合うのか?少なからず不安になりながらも、なんとかケストヘイ行きの切符を手に入れる。時に、7時20分。

 ダッシュでホームに向かう。しかし、目的地まで3時間半。やはり腹が減るだろう。ホームの手前で焼きたてパン屋を見つけたので、パンとミネラルウオーターを買った。

 ハンガリー人は、「ちょっと待ってね」とか「まあ、まあ」と言うときに「ヨー、ヨー、ヨー」と言う。これは「こんにちは(ヨー・ナポト・キヴーノク)」から転じた言葉なのだろう。俺の焦り気味の剣幕を見て、店の姉ちゃんが言った「ヨー、ヨー、ヨー」は、滑稽な感じがして面白かった。

 さあて、面白がっている場合ではない。全力疾走で目指す列車に向かったのだが、こいつは驚いた。ホームは、人で溢れかえり、乗降口は押し合いへし合いだ!まさか乗れないのでは?考えてみれば、今日は土曜の朝だった。国内隋一の行楽地バラトン湖行きの列車が混むだろうことは、予想してしかるべきだったかもしれぬ。

 あちこちの乗降口で「もう、ここは駄目だよ(ハンガリー語だけどこんな感じ)」と言われ、途方にくれながら先頭車両のほうへ向かう。ようやく、ホームの随分先の1等車に滑り込んだ。いやあ、すごいラッシュだ。俺は、コンパートメントの外の廊下に入り込んだのだが、廊下はもはや立錐の余地もない。オバサン軍団やアベック軍団や親子連れやらで、完全に溢れかえっている。

 まさか、3時間半立ちっ放しになるのでは?この嫌な予感は、見事に的中するのである。

 ハンガリーの鉄道は、ものすごく時間に正確だ。列車は、7時25分ちょうどに動き出す。

 景色は、実に豊かだ。首都の郊外を抜けると、たちまち麦畑やヒマワリ畑が車窓を埋め尽くす。なにしろ、ぎゅうぎゅう詰めの廊下の中では、唯一の楽しみが車窓なのだ。

 俺の周囲は、みんなハンガリー人だ。観光客は皆無である。どうして分かるかというと、聞こえてくる話し言葉が、みんなハンガリー語だからである(単純だね)。でも、みんな綺麗な目をして大人しい。若い女の子たちも、男の子たちも、みんな純朴そうだ。日本では、もうこんな若者は死滅してしまったのだろうな。

 驚いたことに、カートを曳いたオジサンが物売りに来るのである。少しは状況を考えろと言いたい。ただでさえ混み合った車内は、大パニックになる。買う人なんていやしない。それでも、カートが無事に通り抜けられたのは、乗客たちの公共精神の賜物というべきだろう。

 それにしても、どうしてハンガリー人は自家用車で遊びに行かないのだろう。多分、自家用車を買えないような貧しい人が多いのだろうな。

 1時間半で、バラトン湖が見えて来た。予想はしていたが、対岸が見えないほど大きい。そして美しい。湖面は、陽光を一面に浴びて青く優しく輝く。

 湖に近づくと、だんだん停車駅が増えてくる。そして、だんだん乗客は減っていく。列車は、湖の南岸のほとりを走るので、この水郷のレジャー施設がいかに発達しているか良く分かる。湖水浴場はもちろん、ヨットハーバーや遊覧船乗り場まである。それにしても、まるで海を見ているようだ。この東京23区を丸ごと飲み込める巨大な湖は、まさに「ハンガリーの海」なのだ。

 すごいことに、列車が湖の東端から西端まで移動するのに2時間近くかかった。なんつう長大さだろうか。その過程で、さしもの満員列車もガラガラになっていた。

 隣で窓外の景色を眺める15~16歳の美少女に心奪われた。カモシカのようなしなやかな肢体の持ち主だ。近くでデブの母親が目を光らせてなければナンパしたんだがなあ。・・・ハンガリー語が話せないんじゃ無理かな?この親子も、バラトンセントジェルジ駅で降りて行った。

 さて、俺の目的地であるケストヘイは、バラトン湖西南端を少し北に上がったところにある。東京で入手したThomas        cookの時刻表によれば、この列車の終点がケストヘイである。だから、このまま乗っていれば良いはずなのだが・・・。おかしい。湖が見えなくなった。深い森の中を抜けていくぞ、どうしてだ?すごく不安になる。俺以外の乗客は、ほとんどいなくなった。

 時計を見ると、時刻表のケストヘイ到着時刻を大きく回っている。時間に正確なハンガリーの国鉄に、こんなことは有り得ない。間違いない、東京で入手した時刻表がインチキだったのだ。

 大慌てで、次に停まった大きな駅で飛び降りた。駅名はNagykanizsa・・・なんて読めばいいのか分からない(後に、ナジカニジャであることが判明)。とにかく、駅の構内に入り、地図を眺めて現在地の把握に努めたところ、バラトン湖を西南に大きく外れ、クロアチア国境に迫っていることが判明した。こいつは参ったぜ。Thomas        cookなんか信じた俺が悪かった。いつもはもう少し用心深いのだが、なまじオーストリア版が正確だったので油断してしまったのだ。

 途方にくれながら時計を見たら、もう11時半だ。こんなことでへーヴィーズに辿り着けるのだろうか?でも、地図をもう一度眺めると、距離的にはそんなに離れていないのだ。まだ午前中なのだから、なんとかなるだろう。

 そこで、インフォメーションのオバサンに英語で次の電車の時間を聞いたところ、11時50分発のブダペスト行きがあることが判明。よし、これでバラトンセントジェルジに戻って、それからケストヘイ行きに乗り換えるのだ。

 切符売り場でケストヘイまで買おうとしたら、窓口のオバサンが、早口のハンガリー語であれこれ言って売ってくれない。どうしてだ?

 またもや途方にくれていると、窓口の近くに居合わせた、中年に成りかけ夫婦が助けてくれた。奥さんが、オバサンのハンガリー語を英語に翻訳し、俺の英語をハンガリー語に直してくれたのだ。この人たちは、英語が出来るハンガリー人だったのか、ハンガリー語が出来る英米人だったのか、それとも外国語がオールマイティのドイツ人だったのか?顔立ちからは判別できなかったが、ともあれ、これで助かった。

 でも、分かってみれば何のことはない。窓口のオバサンは「あんたの出した札は大きすぎる。もっと小さいカネを出せ」と言っていたのだ。了解、了解。こうして無事に切符を買えた。夫婦に心から感謝してお礼を言った。こういう旅の親切って、本当に有難いと思う。

 しかし、日本では英会話が出来るだけでチヤホヤされる傾向があるが、そういう環境で天狗になりかけている人は、一度、俺と同じ体験をしてみると良い。ハンガリーの辺境では、英語なんぞ何の価値も持たないのだぞ。英語しか喋れない自分が、救いようのないバカに思えてくるぜ、マジに。

 さて、再び車窓の人になる。今度の列車は、コンパートメント形式ではなくて、椅子が互いに向かい合う形式の奴だ。物凄くボロい。椅子の皮はめくれているし、埃まみれだ。もっと驚いたのは、ドアが壊れていた点である。ハンガリーの車両は、自動ドアではなくて、手でハンドルを回して開ける形式である。その乗降口のドアが、壊れて閉じなくなっていたのだ。そのため、電車が加減速を繰り返すたびに、バシン、ドカンとぶつかり合って音を立てる。こんなヤバイ故障を修理できないとは、この国はよっぽど貧乏なのだろうな。

 俺が座った車両はガラガラだったのだが、若い男の子の5人組が離れたところに座っていた。奴らは、椅子の皮をケツで擦ってオナラみたいな音を立てて遊んでいた。どこの国にも、アホウなガキはいるもんだ。でも、簡単に人殺しをしでかすような日本のガキどもよりは無邪気かな?

 さて、40分ほどでバラトンセントジェルジに到着した。バラトン湖の西南端にある駅だ。駅舎の時刻表で確認すると、実にナイスなことに、ケストヘイ行きが12時47分にある。あと20分くらい待てば良い。そこで、駅のビュッフェで腹ごしらえをすることにした。何しろ、朝飯は列車の中で立ちながら食ったパン一個である。少しは腹に詰めないと・・・。

 駅舎の小さなビュッフェには、3人の従業員がいた。うち1人がなんとかドイツ語を解したので、俺は片言のドイツ語と必殺の ボディランゲージで「腹減ったよーん(エッセン・ビッテ)」と言った。しかし、このしょぼいビュッフェには、サンドイッチしか残っていなかったのである。まあ、仕方ない。薄いハムを挟んだチャチなパンを齧りながらケストヘイ行きの列車を待った。

 これ以上のミスは許されないから、ホームに列車が着くたびに駅員さんを捕まえて「ケストヘイ?」と聞くことにする。この作戦は功を奏し、俺は正しい列車に乗り込んで、ようやくバラトン湖畔で最も美しいと言われるケストヘイの街に降り立ったのである。時に、午後1時。

 無事に着いたときの感動は、とても言葉では表現できない。

 安心感のあまりトイレで用を足す。有料のはずだが誰もいない。仕方ないので、机の上に50フォリント硬貨を置いて外へ出たら、係のオバサンに鉢合わせた。おカネを要求する彼女に ボディランゲージで説明したところ、直ちに了解して笑顔を向けてくれた。交わす言葉は全く通じなかったのに、簡単なボディランゲージで理解しあえたのは素晴らしい。俺の才能もあるだろうが、人間なんて、どこの国でも考えることは同じということなのだろう。まあ、たいした話じゃないんだけどね。

 それにしても、田舎の駅だ。駅前にはバス停しかない。バス乗り場は4列あったが、へーヴィーズ行きのバス停の前にはジイサンバアサンの長蛇の列。つまり、これにくっ付いていけば良いので安心だ。

 すると、隣のレーンにバスが1台入って来た。ジイサンバアサンは、今まで並んでいた列を捨てて、みなそっちへ乗り込んでいく。おやおやと思ったが、そのバスの行き先表示板に「経由地へーヴィーズ」とあったので、このバスでも目的地に到着できることが判明。念のために運ちゃんに確認をとってから、俺もこのバスに乗り込んだ。

 田舎の山道を行くこと約15分。ついに、夢にまで見た世界最大級の温泉リゾートに到着した。大きなバス停の周囲には、土産物屋が所狭しと並ぶ。さすがは、世界的な観光地だ。温泉の入口は、バス停から少し坂を上がったところにあった。林の前に鉄柵が並び、料金所が置かれてあるから、まるで動物園の入口みたいな雰囲気だ。俺は3時間券を買うつもりで「トライ・ターゲ(3日)」と間違えて言ったら、料金所のオバサンは大笑いしていた。ちゃんと3時間券を売ってくれたけどね。やはり、ドイツ語は苦手だわい。

 さて、料金所から中に入ると、細い小道になる。その右手には、立派なオープンエアのエターラム(レストラン)が広がる。その向こうは、広い芝生になっていて、水着姿の人々がデッキチェアにもたれたり寝そべっていたりする。さらに先に進むと、いよいよ左手に巨大な湖が姿を見せた。これこそ、世界最大の温泉湖なのであった。

 総面積は4万7千5百㎡、つまり東京ドームより大きい。平均水深は32メートル。かなり深い。この巨大な湖水は、全て地下から湧き出た温泉なのである。

 このほぼ円状の湖の上に、左右から伸びる形で橋が渡され、その上に入浴施設の建物が並んでいる。赤屋根とんがり帽子の可愛い建物だ。利用者は、この建物に入って着替えをし、シャワーを浴びるのだ。

 俺は、タオルと浮き輪を借りることにした。この歳で浮き輪を借りるのは少し気恥ずかしいのだが、へーヴィーズの利用者は皆そうするのである。なにせ面積が広大な上に、とんでもない深さだ。万が一の用心のために浮き輪を使うのである。しかし、レンタルの窓口のオバサン2人組には、英語が十分に通じないので、再び片言のドイツ語と ボディランゲージで押し切った。デポジットを取られたのだが、奴らは「ミウラ」という名前が覚えきれずに苦労していた。まあ、人生は勉強の連続ということだ。日本人の名前を覚える機会を与えてくれた俺に感謝したまえ!

 ロッカールームは、日本でも良く見られる普通の更衣室だ。2段の小さなロッカーが数列並び、そのうちカギ付きのものを選んで、中に荷物や服を投げ入れる。それから水着に着替え、料金所でもらったチケットの半券をロッカーの扉の裏に差し込んでから、扉を閉じて外からカギをかける。カギはゴム紐付きなので、これを腕に捲いて、さあ突撃だ。

 湖水には、更衣室から直接出られるようになっている。この建物自体が、湖に架けられた橋の上に建っており、橋のあちこちから湖水に通じる階段が伸びているのである。もちろん、湖畔からも各所で階段が伸びている。利用者は、この階段を使って湖に入るというわけだ。

 遠くから見ると青く輝いていた湖水は、近くで見ると白く濁っている。味といい臭いといい、紛れもなく温泉だ。この湖は、温泉水で埋め尽くされているのだ。このような温泉湖は世界各地にあるのだが、これほど広大なのは類例を見ないらしい。まさに、世界最大の温泉湖なのである。

 さて、浮き輪に掴まりながら泳ぐと、水温は少しぬるめだ。34度くらいじゃないかな?これが、燦燦と照り付ける午後の陽光のお陰もあって、すこぶる気持ちがいい。動かずにぼーっと浮いていると、いつのまにか変なところに流されてしまう。この温泉湖には、温度の違う源泉がいくつもあるらしい。そのため、場所によって水温が異なり、その結果、対流が生じているというわけなのだろう。

 湖の真ん中近くでは、ところどころに平均台のような形をした木の台が突き出している。どうやって固定しているのか分からなかったが、疲れた利用者が、これに掴まって休憩するように出来ている。

 また、湖の岸辺には、ハスの葉がたくさん浮かんでいる。そのほとんどが、さすがにもう枯れかけていたが、真っ赤な花を咲かせているものもあった。興味に駆られてハスの葉の密集地帯に泳ぎ寄ったら、大量の根っこに足を取られた。まさに、氷山の一角。水中の根のほうが、水面に出ている葉よりもでかいのだ。道理で、ハスの葉の間で遊ぶ人がいないわけだな。

 客層は、やはりジイサンバアサンが多い。みんな、湖水の暖かいところで気持ちよさそうに歓談している。でも、若者や家族連れも少なからずいる。元気な若者やオジサンは、浮き輪を使わずにクロールをしていたりする。中には、泳ぎの練習をしている子供もいて面白い。へーヴィーズでは、大人でも浮き輪をしている人が大多数なので、浮き輪離れの出来ない子供が、浮き輪離れの練習をするのにもってこいの場所なのだろう。

 それにしても、不思議な雰囲気の場所だ。湖で泳いでいるのだか、温泉に浸かっているのだか分からなくなる。温水プールというのが一番近いのだろうが、何しろ湖水自体には人工の要素が皆無なのである。このような経験は、世界でただ一ヶ所、ここでしか出来ないに違いない。そういう意味では、今回の旅行はこの地でクライマックスを迎えたと言って良いかもしれぬ。

 湖畔に立つコテージに据えつけられた時計を見ると、もう2時半だ。名残惜しいが、ブダペスト行きの終電は早く無くなるから、少し余裕をもって、ここらで切り上げるのが賢明というものだろう。

 更衣室に戻って服に着替え、浮き輪とタオルを返しに行った。オバサンがデポジットを返そうとしないので、英語で文句を言ったらようやく返してくれた。こいつら、俺が黙っていたら、しらばくれるつもりだったのかな?

 名残惜しげに出口に行くと、機械が故障しているらしく、チケットを機械に差し込んでも反応がない。俺の前にいた若者4人組も同じ目にあっていた。ボロいなあ。結局、料金所からオバサンが出てきて、カギで出口を開けてくれた。

 再び、ケストヘイ行きのバスに乗り込む。

 本当は、これからバラトン湖北岸のバタチョニ山に行って、バラトン湖の全景を眺めながら名物ワインを楽しむ予定であった。しかし、ケストヘイからバタチョニまでのアクセスが分からない。もう少し時間があれば何とかしたのだが、往路での約2時間のロスが、ボディブローのように効いている。そこで、今回は諦めて、往路と同じくバラトンセントジェルジ経由でブダペストに帰ることにした。

 ケストヘイの駅で、電車の時間を確かめる。終電は、やはり18時か。次の電車は16時5分。念のため、駅舎のインフォメーションで確かめることにした。

 インフォメーションの窓口の前に、5歳くらいの小さな男の子がいて、しきりに窓口に向かって話し掛けたりじゃれたりしていた。なんだろうと思って、遠くから窓口の中を見ると、10代半ばくらいの美少女が座っていた。どうやら、「優しいお姉さんとそれを慕う幼い弟」の図であるらしい。邪魔しちゃ悪いと思って、直接、隣の窓に座る切符売りのオバサンに尋ねてみたが、やっぱり英語が通じない。

 オバサンに呼ばれて、美少女が笑顔を向け、男の子は窓から離れた。少女は実に仕事熱心なことに、ブダペスト行きの列車について、手書きの表でまとめていたのである。流暢な英語を喋る彼女は、色つきボールペンで作られた表を取り出して、どれがいいですか?と聞いてくるので、いちおう16時5分発の2等車にしといた。

 それから切符売り場で切符を買おうとしたら、少女は俺から聞いた言葉を全てハンガリー語に翻訳してオバサンに伝えてくれたので、実にスムーズに事が運んで助かった。なんて気の利く優しい娘さんなのだろうか!幼い弟が、慕って離れないのも頷ける。よしよし、もう少し大きくなったら現地妻にしてやるからな。それまでデブになるんじゃねえぞ。

 それにしても、ショプロンといいケストヘイといい、どうしてうら若い美少女がインフォメーションに座っていたのだろうか?これは俺の想像だが、恐らくハンガリーの英語教育の歴史が浅いためだろう。人材不足の地方の駅では、正規の英語教育を終えたばかりの若者を、積極的に登用せざるを得ないのではないだろうか?その人材が女性である理由は、恐らく駅舎勤務は女性限定というルールがあるためである。また、みんな可愛い理由は、そもそもハンガリーには不細工な少女が存在しないためである。

 勝手に納得しながら時計を見ると、発車まで50分ほどある。これなら、バラトン湖畔で最も美しいと言われるケストヘイを観光できるし、あわよくばマトモな飯も食えるだろう。

 とりあえず、バラトン湖の湖岸に向かって歩いた。湖岸に近づくと、日本の夏の海岸にそっくりな雰囲気が現れる。海の家みたいなのが連なり、ビーチパラソルやサングラスや使い捨てカメラやアイスクリームやジュースを売っている。簡易なゲームセンターもあるし、気の利いた食堂もあるではないか。

 周囲の明るく華やいだ雰囲気を満喫しながら湖岸に出ると、青い湖面が一面に広がり、大きな白鳥たちが優雅に泳いでいる。さすがに海と違って、潮風は吹いてこないし、波も立たない。湖水をすくって舐めてみたが、やっぱり淡水だった(当たり前だが)。また、湖岸は砂浜にはなっていない。低いコンクリートの堤防になっているか、あるいは砂利が敷いてあるのだ。

 俺は、緑豊かなへリコン公園を湖岸沿いに散歩したのだが、実に気持ちのいいところだった。次に来るときは、ケストヘイに宿をとって、バラトン湖とへーヴィーズを満喫したいものだ。

 公園の右手は、一面の湖水浴場になっていた。大勢の若者たちが、ビーチバレーやらビーチサッカーに興じ、子供たちは嬌声を上げながら泳ぎ回っている。その沖合には、何艘ものヨットが浮かんでいた。

 その様子を眺めながら元来た道を戻りつつ、飯屋を物色すると、どうやらファーストフードのような雰囲気ながら、鱒のムニエルを食わせる店がある。写真付きの立看板で、それと分かったのだ。これは良い。だけど、メニューは置いてなさそうだし、表記はハンガリー語かドイツ語だ。

 ここで挫けるのは、アマチュアである。パワートラベラーは、このような事態を想定して行動するものなのだ。俺が胸ポケットから取り出したるは、ペンとメモ用紙。このメモ用紙は、ウイーンのホテルの枕もとから失敬したものである。すかさず、料理の写真つきの看板からハンガリー語の文字を写し取り、これを店の窓口に持ち込んで、グヤーシュと鱒のムニエルとビールを注文した。言葉が通じなくても、文字なら通じるはずだ。この作戦は、見事に成功したのである。

 しかし、ファーストフードと思ったのは早計であった。なかなか料理が出てこない。ビールとパン付きのグヤーシュを平らげたとき(やはり、グヤーシュは美味い)、時刻は3時50分。ボヤボヤしていると乗り遅れてしまう。まあ、その時はその時だ、と開き直りかけたときにムニエル到着。さすがに獲りたては美味い。でも、間違えて「プレーン」で注文したのが痛い。せめて、塩味くらいは付いているかと思ったのに、本当の「プレーン」だったのだ。それでも、美味いことは美味いのだが、なかなか喉を通ってくれず、時刻は無常に過ぎていく。

 よし、食い終わったぞ。3時55分。ダッシュだあ!

 間に合うかどうか微妙なところだが、沿道の店で、売り物のビーチパラソルが、突風で次々に倒れる現場を目撃。店番の女の子を助けて、全部直してやった。俺って、国際貢献してるよなあ。お礼を背中に聞きながら、走る、走る。

 なんとか間に合った。埃っぽい車両だが、ちゃんとコンパートメント形式だ。俺は、ガラガラのコンパートメントに座り込んで、しばしウトウトした。さすがに、バラトン湖の南岸あたりから混んで来たが、それでも往路のときほど混まない理由は、多くの行楽者が湖畔で1泊していく予定だからであろう。なにしろ、明日は日曜日なのだ。

 俺のコンパートメントに上がりこんだのは、またもやデブのオバサンと小さな男の子のコンビだ。どうして、美女とか美少女とかじゃないのかなあ。まさか、俺の体からロリコンのオーラが放出されていて、それに気づいた少女が避けていくのではあるまいか?なんだか心配なのであった。

 この親子には、やはり英語が通じなかった。男の子は、口をポカンと開けて窓の外を眺めている。なんか、バカっぽいなあ。母親も、何だか疲れた雰囲気だ。車掌が現れると、二人はカバンからパスポートを取り出して見せた。ということは、クロアチア辺りから来たのだろうか?すごく興味をそそられるのだが、言葉が通じないのではしょうがない。

 夕焼けのバラトン湖に別れを告げ、ブダペスト東駅に列車が滑り込んだのは午後8時。駅の売店でコーラを買って、そのまま地下鉄M2と56番トラムを乗り継いでホテルに帰り、すぐに寝た。

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