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世界旅行記

第2次チェコ旅行記

9月6日金曜日 帰国

 遅くまで寝ていようかと思ったが、結局、二人とも7時くらいに起きてしまった。帰りの飛行機に乗るためには、空港に10時半くらいに着けば良いので、ホテルを出るのは9時過ぎでも十分だ。そこで、最後の朝飯を、腹いっぱいのんびり食うことにした。

 この日のレストランでは、ウエイターもウエイトレスも、若くて動きがぎごちなかった。どうも、大学生のアルバイトか新人研修生みたいだ。でも、初々しい若者たちが、一生懸命働く様子を見るのは楽しい(変な意味じゃなくて)。

 腹も十分に膨れたので、部屋に帰って枕投げをして遊ぶ(一方的に俺が暴れただけという気もするが)。その後、テレビでニュースやアニメを見て、9時になったのでチェックアウトすることにした。

 その後は、あまり面白い展開はない。いつものように、アンジェルで9番トラムに乗り、国民劇場前で降りて、X-Aトラムに乗り換えた。X-Aでディビッツェまで出てから、空港行き119番バスに乗れば、あっというまに空港だ。

 「次は、いつ来られるのだろうか」と切ない気持ちになる。今回の心残りは、洪水のせいで行けなかったテレジーン村、旧市街庁舎、ユダヤ人博物館、スメタナ博物館だ。また、プラハ城横の軍事博物館は、時間が足りなくて行けなかった。

 俺は、もう8回も海外旅行をしている男だが、チェコほど郷愁をそそられる場所は他にない。プラハ空港に降りたとき、父母の田舎に久しぶりに帰ったときと同じような感慨が胸を埋めた。そして今、楽しかった夏休みが終わり、祖父母に見送られながら家に戻るかのような心境である。理屈ではなく、チェコは俺の心性に最もフィットした国なのだ。

 空港で、いつものように余ったコルナを土産物に変える。俺は、スリボニッチェ(プラムの蒸留酒)を一本買うことで、財布の中のコルナをほとんど空にすることに成功した。この酒は、この一週間後に大学時代のゼミ合宿に持ち込まれ、のんべ連中にあっという間に空にされる運命だったのだが、なかなか好評だった。クレジットカードを使うなどしてもっと買えば良かったかなあ。

 日本ではほとんど知られていないけど、チェコは酒と料理が本当に美味い国だ。俺が訪れた中で、この国に対抗できるのは、イタリアと中国くらいのものじゃないだろうか?

 フランスとスペインも、料理が美味い国のようだ。もちろん、これらの料理は日本でも食えるから、どういうものかは想像できるのだが、チェコ料理には、とても及ばないと断言しておこう。日本でチェコ料理屋を出せば、繁盛するかもしれないなあ。日本人は、良いモノを知らなさ過ぎると思う。

 空港の構内には、ショコダ社の最新モデルの自動車が何台も展示してあった。ショコダは、チェコが誇る偉大な兵器自動車メーカーである。10年前、自由化とともにドイツ企業の傘下になったのだが、3年前に比べ、さらなる発展を見せたようだ。というのは、街で見かけた車の多くが、ショコダのマークを付けていたからだ。3年前は、街で見かける車のほとんどがドイツ車か日本車だった。そういえば、今回は日本車をほとんど見かけなかったのだが、これはやはり、日本経済の衰退を反映しているのだろうか。

 ともあれ、ショコダはおそらく、外資系企業の傘下となりながら構造改革を進め、社会主義時代の悪弊を振り払い、ここ3年の間に低コストで高性能な良質モデルの開発に成功したのに違いない。それゆえに、多くのチェコ人が、信頼して街で乗り回しているということなのだろう。

 そう考えると、ずーっと資本主義だったくせにフランス企業の傘下になった日産って、実に情けない会社だなあ。って言うか、現在のほとんどの日本企業(特に都市銀行)は、かつての社会主義の国営企業みたいなアホウな体質に成り下がっているように思える。ここは一度、全ての日本企業を外資系に売り飛ばし、性根を叩き直してもらった方が、我が国の将来のためなのかもしれない。いや、マジで。

 視点を現実に戻すと、陳列されていたショコダの最新モデルは、実に洗練されて美しいボディだった。これなら、俺も買いたいなあと心から思ったのである。日本に、ショコダのディーラーって無いかなあ?

 

SKODA

 無事に出国手続きを終えて搭乗口まで来ると、その横に「ピルスナー・ウルケル・バー」というのがあった。その名のとおり、ピルゼンビールを飲ませるバーらしい。うわあ、いいなあ、と思って中を覗いてみると、オジサンが大ジョッキのビールを美味そうに飲んでいる場面に出くわした。うわあ、辛抱たまらん。時計を見ると、まだ時間に余裕がある。そこで加賀谷に、「飲みに行こうぜ」と誘いをかけたところ、酒嫌いの彼は「勝手に行けば」とつれない返事。そこで、なんとなく諦めてしまったのが、この旅行唯一の大失敗である。ああ、行けば良かったなあ。

 やがて搭乗時間になったので、KLM(オランダ航空)の小型ジェットに乗り込んだ。大柄なオランダ人のスチュアーデスを見て幻滅する。同じ白人でも、小柄なチェコ人の方が、はるかに親近感が持てるのだ。加賀谷も同じ気持ちだったらしく、「なんだ、もうチェコ人じゃないのか」と言った。彼も、だんだんと「チェコマニア色」に染まってきたわい。けけけけけ。

 1時間ほどでスキポール空港に到着。またもや空港内を冷やかして、あちこち散歩してから成田行きのKLMに乗り込んだ。

 残念ながら、我々の席は機体の中央だったので、今回は窓外の景色が見られなかった。仕方ないので、寝たり読書をしたりして時間を潰した。

 どういうわけか、この飛行機にはオランダ人と思われる白人が大勢乗っていた。その様子を観察するに、どうやら日本に観光旅行に出かけるようだ。日本なんて、物価が高いだけで、見るものなんて無いだろうに。

 俺の左隣は加賀谷だが、右隣に座ったのは、馬鹿でかいオランダ青年だ。体が大きすぎて席からはみ出すので、もじゃもじゃの腕が俺の席を侵犯して狭いったらありゃしない。彼は、体がぶつかるたびに「ソーリー」と笑顔で謝ってくるので、怒る気にはならないが、その巨体でエコノミークラスを利用すること自体が犯罪だぞ。青年は、そのうち、席を立って仲間たちと廊下で雑談を始めたので、俺の席はようやく俺だけのものとなった。

 機内上映の映画は、「スパイダーマン」と「タイムマシーン」だった。

 「スパイダーマン」は、既に日本で2回も見ているのだが、3回目でも十分に面白かった。日本語の翻訳が上手だったせいかもしれない。DVDが出たら、日本語版で見るとしよう。

 「タイムマシーン」は、大外れだった。H・G・ウエルズ原作のテーマと雰囲気を全てぶち壊し、ひたすらCGに頼る内容だったからだ。主演のガイ・ピアーズは、ぜんぜん天才科学者に見えない。この人は、ちっとも賢そうな顔じゃないのに、なんで知性派の役ばかりやるのだろうか?まあ、時間つぶしにはなったけどな。

 そうこうするうちに、飛行機は成田空港に到着した。時に、9月7日土曜日午前10時。またもや、東欧旅行は大成功に終わったのである。それはやはり、親友の加賀谷くんのお陰が大きい。俺は、彼のような良い友人に恵まれて本当に幸せだと思う。人生の中で本当に大切なのは、カネでも名誉でもなく、友情や愛情だとマジで思うのだ。次回は、お互いのケツの穴について知り合うとしようか。けけけけけ(と照れる)。

 空港を出た我々は、たまたま成田エキスプレスも京成スカイライナーも行ってしまったばかりだったので、京成の急行で帰ることにした。さすがに疲れたので、二人は売店で買った漫画や雑誌を無言で読んだ。

 九段下に住む加賀谷は、途中の青砥で降りて行ったのだが、俺もそうすれば良かったのかな?というのは、日暮里のJRへの乗換口でトラぶったからだ。俺は、成田からパスネットを使って来たのだが、これだとJRの自動改札を通らないのである。仕方がないから、窓口で切符を買い直そうと思ったら、案の定、二つしかない窓口には、それぞれ20名以上の人が行列している有様だ。チェコにいる間は、こんな不便を一瞬たりとも感じなかったのになあ。

 日本は、昔からずっと資本主義をしているのに、つい最近まで社会主義だった国よりも融通が利かず非合理的なのはどうしたわけだろう。まあ、この国の本質は社会主義なのかもしれないけどね。

 街を行く人々の顔を見ても、精彩と活気がまったく無いのが気になる。5年前の上海や今回のプラハに比べると、この状況の深刻さが実に良く分かるのだ。

 この様子では、まず間違いなく、この国は衰退することだろう。滅び切る前に、チェコに移住するのが、最も賢い生き方なのかもしれない。そんな寂しいことを思いつつ、家路を辿るのであった。

 

完    結

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