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世界旅行記

モンゴル旅行記(附韓国旅行記)

7月14日水曜日 ソウル市内観光


 (1)ソウルに到着

(2)景福宮と民族博物館

(3)明洞、ビビンバ、ロッテ免税店

(4)南山タワー

(5)焼肉とコリアンハウス

 


 

(1)ソウルに到着

 ここから、韓国の旅が始まる。

 早朝4時30分の仁川国際空港は、雨模様だった。

 寝不足でボロボロ状態の3人組は、両替を済ませてから、空港出口で旅行会社駐在員の張(チャン)さんに出迎えられた。

 小柄で童顔のこの人は(新人みたいだったな)、熱意に燃えて朝っぱらから張り切っていた。出迎えの大型バン(運転手付き)に乗り込んだ3人を前に、最近の韓国ドラマや韓国映画の話題を上手な日本語で盛り上げる。韓国大好きの望月さんが彼の相手になっている間、宮ちゃんが爆睡している横で、俺は車窓の風景をじっと観察した。建築物や道路など、日本に良く似ているのだが、日本よりどことなくスケールが大きいのは、やはり平野面積が大きいせいなのだろう。

 やがて漢江(ハンガン)沿いに東進して江南地区に入ると、張さんは我々の憔悴ぶりを見かねて、先にホテル(COEXインターコンチネンタル)にチェックインしてくれることにした。

 いやあ、立派なホテルだ。ソウルで一、二を争うだけのことはある。本当は、早朝からのチェックインは出来ないはずだが、張さんがホテルマンを上手に説得してくれた。我々は、1時間後にロビー集合という指示を受けて、各自のシングルルームに寝に行くことにした。さすがに、飛行機内の睡眠3時間じゃ、体がもたないものな。

 さすがは、高級ホテルだけに良い部屋だ。

 俺は、ベッドに滑り込んだ瞬間に眠りに落ちたのだが、うかつなことに寝過ごした。望月さんからのモーニングコール(?)で起こされて、大慌てでロビーに下りる始末。

 今日の一発目は、有名なお粥屋さんで朝食を摂る予定だった。

 例の大型バンで漢江を北に越えた我々は、南大門郊外のお粥屋に入った。ここには3種類のお粥があったので、3人でそれぞれを注文して分け合った。美味かったけど、まあ、お粥はお粥だよね。こういう場合、専属ガイドさんといえど、客と同じ席では食事をしないものらしい。この時もこれから先も、食事は3人だけで済ませた。

 この店で、張さんは退場となった。朝9時から通常営業時間となるので、本来の添乗員さんが登場したというわけ。正規の添乗員は、任(イム)さんという若い女性だった。

 ところで、完全ガイド付き少人数ツアーの利点は、ある程度こちらの我儘で旅程を変えられる点である。最初の目的地は、旧韓国の王宮の予定だったが、望月さんと宮ちゃんは過去に訪れたことがあるので、パスしようかという話になりかけた。でも、外は雨だし他にすることもない。また、俺が「韓国は、実は初めてなんです」と言い出したので、当初の予定通りに進めることになったのだ。

 海外旅行好きの俺が、これまで韓国に行ったことが無いというので、望月さんも宮ちゃんも驚いていたが、俺は近くていつでも行ける国にはあまり食指が動かない人なのである。また、貴重なカネと時間をかけて、日本と文化風俗が近い国に行っても意味がないという先入観もあった。

 そういうわけで、今回の韓国は完全な「付き合い」である。俺は完全にモンゴルで「燃え尽きた」状態だったので、もう「好きなようにして」モードであった。その点、ガイド付きツアーは(本当は嫌いだが)、足が完全に確保されているから楽チンである。

 肝心の腹の具合も、正露丸効果ですっかり良くなったしな。

 

 (2)景福宮と民族博物館

 大型バンは、南大門(ナムデムン)とソウル駅の横を北上して旧王宮(景福宮)に入った。日本でいえば、京都御所みたいな場所である。

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 チケット類は、ガイドが買ってくれるから楽チンである。我々は、任さんの解説を聞きながら壮大な宮殿を見て回った。さすがは李氏朝鮮の本部だけのことはある。北京の故宮には及びも付かないが、東洋文化の精髄の香りが脳を打つ。意匠や工法は、中国のとも日本のとも少しずつ異なるし、特にオンドルと呼ばれる独特の暖房設備は興味深かった。

 少し昔までは、この近くに旧日本帝国の悪名高き「朝鮮総督府」があったのだが、既に取りこぼされてしまったというから、ちょっぴり残念だ。

 さて、次の目的地は、景福宮の敷地内に建てられた「民族博物館」である。上に五重塔を持つ、個性的な建物がそれだ。

 任さんは、最初の展示(三韓時代の文化と風俗コーナー)だけ解説してくれて、1時間後に入口で集合ということにした。そこで、望月さんの提案で、我々3人はこの館内では別行動することにした。俺も、たまには一人で行動したい気分だったので好都合だ。望月さんは、博物館マニアの俺に気を遣ったのに違いないから、優しい先輩とは実にありがたいものだ。

 朝鮮民族の歴史と風俗と文化を展示するこの博物館は、広大な敷地と豊かなジオラマに彩られていて実に楽しかった。キムチの作り方まで、美麗なジオラマで出ているものなあ。

 客観的に見て、韓国の博物館のレベルは、モンゴルはもちろん、日本よりも遥かに高い。いつも思うことだが、日本政府はもう少し、こういった文化面にカネをかけるべきだと思うぞ。最近の韓国文化の興隆は、こういったことと無縁ではないかもしれないな。

 1時間して再び落ち合った3人と任さんだったが、博物館の入口に十二支の動物を象った石像が置かれていたので、各自の干支の前で記念撮影をしてから、雨の中を駐車場まで歩いた。途中の公園には、韓国の民間信仰を象徴するトーテムポール(天下大将軍)やオボーに良く似た石積みがあって興味深かった。ここは気に入ったので、もう一度ゆっくりと訪れたい場所である。

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 ガイド付きツアーの短所は、どうしても「時間が制約される」という点なのであった。

 

(3)明洞、ビビンバ、ロッテ免税店

 車は南大門のロータリーを回り、明洞(ミョンドン)の前で3人を降ろした。1時間で、ここと南大門市場を散歩しろというのだ。

 明洞は、賑やかな繁華街だ。上野のアメ横をパワフルにした感じの商店街なのである。売り子の兄ちゃんは、しつこいくらいに日本語全開で勧誘してくるから面倒くさい。でも、俺は図々しいから、財布の紐はしっかり締めたまま、店先で韓国海苔などのサンプル品を無料で貰いまくった(笑)。

 ある薬屋で、わかなちゃんから頼まれていた化粧品を発見。宮ちゃんの助けを借りて10パックを購入した。まったく、俺はなんて優しい先輩なのだろうか!

 1時間して任さんと合流し、今度は昼食を食べに出かけた。今度は、石焼ビビンバの店だ。以前から思っていたが、韓国は食い物が安くて美味い。俺は辛党で、もともと焼肉とか大好き人間だから、これは楽しくて仕方ないわい。ビールもバンバン頼んで上機嫌。でも、やっぱり1時間で打ち止めかい。

 次の目的地は、ロッテ免税店だ。

 こういうガイド付きツアーは、免税店や商店街を多く旅程に組み込むことで、バックマージンを得るのが普通である。その代わり、我々の旅費を安くしてくれるというわけだ。確かに、完全ガイド付き少人数ツアーにしては料金が安かった。その代わり、我々は免税店や商店街を総計6箇所も回る羽目になったのだ。それが良いのか悪いのか、実に微妙なところではある。

 ロッテ免税店に到着。またしても、1時間後に入口で集合ということになった。何しろ俺は、免税品やブランド品には、まったく興味のない男である。でも、お洒落なお店の中を冷やかすのは悪い気分じゃない。10分で飽きたけどな。後は、休憩室でインスタントコーヒーをすすりながら、日本から持ってきた小説を読んで時間を潰した。

 それにしても、店内のあちこちにヨン様(ぺ・ヨンジュン)のポスターや立看板があって、実にウザい。恐ろしいことに、日本人のオバサンの群れが、「ああーん、ヨン様だわー。らぶりー!らぶらぶー」とか言いながら等身大立看板に群がって記念写真を撮ったりするのである。これは、ほとんど公害だ。こんなことだから、韓国人に舐められるんだよ。

 そのとき、俺は気づいた。巨大なゴキブリホイホイにヨン様の写真を置いておけば、日本からオバサンを絶滅できることに。帰国したら、さっそく実行しようかな。うししー。

 

(4)南山タワー

 次の目的地は、南山タワー(ソウルタワー)である。

 南山に聳え立つこれは、要するにテレビ塔である。東京でいうところの東京タワー、上海でいうところの東方明珠塔である。ただ、山の標高を加味して考えるなら、東アジアで最も高いテレビ塔(全長500メートル)なのだという。

 車は山の中腹までしか行けないので、任さんと日本人3人は、頂上までの残りの山道を歩いた。緑が濃くて楽しいけど、雨天だし睡眠不足状態だから、結構きつかった。

 山頂では、何かの芸能イベントの準備をしていたが、興味ないし。

 タワーの中には、ソウル市の新旧を比較した写真の展示があって面白かった。昔は、明洞大聖堂という教会が、市内で最も目立つ施設だったらしいが、車から実見したそれは、今では高層ビルの谷間に埋没する哀れな存在と化していた。我が国で言うなら、御茶ノ水のニコライ堂ってところか。

 ソウルと東京は、双子のように良く似ている。ソウルは、今では東京と見分けが付かないほどの味気ない大都会と化してしまい、独特の個性といえば、市内の看板やネオンサインに翻るハングル文字のみだ。近代化の美名の下に、本来あるべき個性(俺は地霊と呼んでいる)を殺してしまったのだ。

 だから、東洋人はダメなんだよ。

 でも、似ているからこそ学べることもある。客観的に見て、ソウルのほうが東京よりも「上品」である。その理由は、街中の看板であろう。意匠が美しいのみならず、消費者金融などの押し付けがましい宣伝がないのである。東京は、いや日本は異常だ。テレビのCMも看板も、消費者金融ばかりじゃないか。もちろん、消費者金融を否定するつもりはないが、あればかりが隆盛なのは、日本の金融経済が洒落にならない状況に陥っていることの証左であろう。

 そういうことが、お隣のソウルを訪問したからこそ、実感として感じられた。実に悲しいことだ。

 エレベーターで展望台まで昇る。高いところからの眺めは、なかなか豊かだった。でも、思い切り雨が降っている中だったからなあ。

 30分ほどで、任さんに促されて撤収となり、坂道を下って再びバンに乗る。疲労困憊状態の3人を見て、任さんは「ホテルで1時間ほど休みましょう」と言ってくれた。みんな、大喜びである。

 それにしても、ウランバートルからの機内睡眠3時間だけを前提に、観光日程を組んでしまう名古屋観光の見識には問題を感じる。それに承認を与えた望月さんもどうかと思うが、そのプランに賛成した宮ちゃんや俺もアホウだったのだ。

 もっとも、俺の場合、企画段階からモンゴルのことで頭が一杯で、韓国については全く眼中に無かったのだ。なにしろ今回は、ソウル関係のガイドブックすら1冊も持ってこなかったもんな(笑)。

 ホテルで1時間寝てから、再びロビーで集合した。今回は、望月さんが寝過ごしたので俺が電話で起こしてあげた。これで、一勝一敗ってところだな(笑)。

 それにしても、中途半端に睡眠を取ると、かえって疲労するな。まったく疲れが取れない。まあ、1時間でも寝られただけマシなのだが。

 次の目的地は、夕食である。本場の骨付きカルビ1.5人前。俺にとって、これこそが今回の韓国の最大の目玉なのであった。

  

(5)焼肉とコリアンハウス

 任さんに、大型バンで焼肉屋に連れて行ってもらった。

 こういう店は、旅行会社ご用達なので、名古屋観光も多少のバックマージンを得られるのだと思う。規定の料理は、事前に旅行代金に含まれているのだが、それ以上の追加注文や飲み物代は、別料金になっている。

 本場の骨付きカルビは、想像以上に美味かった。肉のみならず、ビールに加えて韓国焼酎まで追加注文して上機嫌だ。

 さっきまでゾンビみたいな調子だった宮ちゃんは、酒が入ると豹変して乗り乗りモードである。まるで、燃料補給を受けたガス欠の車である。完全復活したウワバミは「韓国に来てから、すっかり大人しいじゃないですか!」と、妙に俺に絡んでくる。俺の精神テンションは、モンゴルで磨耗して真っ白な灰になった状態なので、韓国では、おしとやかな「良い子ちゃん」モードなのであった。望月さんも、それを気にして、こっちに来てから何かと気を遣ってくれるのだが、俺は別に不機嫌でも不愉快なのでもなく、ただ単に心身ともに疲労困憊なのである。

 そういうわけで、いつもに比べるとテンションが低めであったが、この晩餐は極めて楽しかった。宮ちゃんがウワバミの本性を顕すというなら、よろしい。とことん、付き合ってあげましょう。

 「焼酎ボトル、もう1本!」とウワバミが注文しかけたそのとき、任さんがやって来た。彼女は申し訳無さそうな調子で、「これからコリアンハウスに行くので、もう切り上げてください」と言った。

 しばし呆然とする3人。

 「コリアンハウスに行くって聞いてた?」「初耳ですよ」「えー、もう飲めないの?」

 実に不本意ながら、ここで宴席はお開きとなった。

 俺は心に決めた。「もう2度と、ガイド付きツアーでは旅行しない!」

 車に戻ると、宮ちゃんは再びゾンビに戻り、席についたとたんにウトウトする。望月さんと俺も、目は開いていたが、なんとなく白けムードであった。

 コリアンハウスというのは、要するに民族舞踊を見せる観光客用の施設である。モンゴルのと違って、近代的な立派な建物だった。席は完全予約制だし、舞台の横に電光表示板があって日本語や英語の字幕が出てくる仕組みだ。様々な民族舞踊や歌謡が繰り広げられ、なかなか有意義な1時間であった。帰り際に、踊り子の姉さんたちと記念撮影も出来たし、それなりに満足はしたのだが、焼肉パーティーを打ち切られたことを考えると素直には喜べないんだな、これが。

 いずれ、別の友人たちと完全自由ツアーで「焼肉食いまくり旅行」を計画するとしよう。

 ともあれ、これで今日の日程は強制終了(笑)だ。後はホテルに帰って休むだけ。

 この3人は、昔ながらの飲み仲間なので、これからホテルのラウンジか誰かの部屋で一杯やるのだろうなと思っていたら、酒豪筆頭の宮ちゃんのゾンビ度はますます激しくなり、どうも 、早く休んだほうが良さそうな雰囲気だ。

 そこで、今日はホテル到着時に解散となった。任さんと翌朝9時30分にロビーで待ち合わせをして、各自の部屋に引き取った。

 この最新式ホテルのルームキーは、カード認証式だった。しかし、どういうわけか俺のカードは馬鹿になっていて、なかなかドア側が電子信号を読み込んでくれないのである。20回くらいガチャガチャとホルダーに差し込むと、ようやくドアが開いてくれるのだが、実に面倒くさい。韓国で最高級のホテルがこの程度とは、意外である。やはり、日本 の技術には及ばないってことだろうか。

 部屋に入ると、さっそく風呂に入り、テレビをつけながらベッドの上で小説を読んだ。そのうちウトウトし出したとき、ドアベルが鳴ったような気がした。目を覚まして耳をそばだてたが、それっきり何の音もしない。「気のせいか」と思って眠ってしまったのだが、翌朝になって聞いた話では、望月さんがドアベルを鳴らしたのだった。彼は、俺が成田で買って来たウイスキーのボトル(未開封)が飲みたくなって、俺の部屋に回収に来たらしい。やはり、酒がないと寂しいのね。で、俺がドアを開けてくれなかったものだから、諦めてホテルの地下に広がる大モールに遊びに行ったのだそうな。

 俺は、そんなこととは知らずに熟睡した。

 明日も一日、ガイド付き観光ツアーだから、鋭気を養っておかなければ。

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