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世界旅行記

ポーランド旅行記

9月6日(土曜) 帰国


  結局、テレビのアラームが鳴る30分も前に眼が覚めてしまったので、テレビを起動してアラームを解除した。意味無かったなあ。

 今日は、帰国するだけの日だ。だけど何だかもったいないし、早起きしたってことで、最後に朝の散歩に行くことにした。

 6時半にホテルを出る。そのまま歩いて「新世界通り」へ。さらに北上して「クラコフ外苑通り」の手前で右折した。とりあえず、ショパン博物館を見に行こうと考えたのだ。

 俺は音楽家ではないし、ショパンのファンでもないのだが、どういうわけかピアノを弾く知人友人が何人もいる。今回の旅行も、しばらく前にワルシャワとクラコフを訪れたピアニストから情報提供してもらったことが大いに役に立っている。そういうわけで、彼らへの土産話として、ショパン博物館を見もしなかったというのは、ちょっとマズいような気がしたのだった。

 目的の場所はすぐに分かったのだが、意外なことに、数名の作業員が入口付近で働いていた。見ると、博物館の1階部分が全面改装中なのだった。ってことは、昼間に訪れたとしても中には入れなかったはずなので、旅程から外したのは結果オーライということになる。とりあえず写真を撮って、ここは撤収だ。

 chopin museum

  その後、「王の道」沿いを左右にウロウロし、公園の写真展示会(昔の東部ポーランドの農民生活の展示)を冷やかしたり、オペラ座を見に行ったり、ピウスツキ元帥の銅像に別れを告げたりしつつ、旧王宮の前に出た。朝日に照らされる王宮は、なかなか美しい。

 8時になったのでバス停に行くと、ちょうど175番バスが来たので、ホテルの前まで乗って帰ることにした。俺が持っているチケットは、昨日の昼12時に買った24時間有効券だから、まだこの時間なら使えるはずである。このバスは、途中のルートが道路工事中だったので、前回のルートから大きく迂回して走ったものだから、一瞬不安になった。でも、ちゃんとホテルの前に停まったのがラッキーである。

 その後、ホテルのバイキングで腹を満たしてからチェックアウトした。

 ロビーは非常に混んでいて、中国人らしい老年の団体観光客がいた。この国で、初めて東洋人の群れを見たぞ。中国人は、オリンピックで燃え尽きたわけじゃなかったんだな(笑)。混んでいたので、受付の兄さんはなかなか俺の相手をしてくれない。そのうち、「チェックアウトだけなら、ルームカードを置いて行ってくれれば良いです」と言い放った。よく見ると、受付のデスクの片隅に、ルームカードの残骸の山が築かれている。なんか、いい加減だな。ともあれ、自分のカードを山の上に置いて、ホテルを後にした。例のオジサンに、最後にまた会えるかと思ったけど、無理だった。

 地下道を抜けて、地下鉄ツェントルム駅前のバス停で175番バスを待ち、これに乗ってワルシャワ空港に行った。空港の出発ターミナルは2種類あって、近代的で明るい第2ターミナルと、古めかしくて薄暗い第1ターミナルだ。成田空港などと違って、普通に歩いて行き来できるのだが、社会主義時代はきっと第1ターミナルだけだったのだろうな。俺が乗る予定のKLMは、古いほうからのチェックインだった。

 早く来過ぎたので時間を持て余したのだが、カウンターに並ぶのが面倒くさいし、荷物を機内持ち込みするつもりだったしで、自動チェックイン機でチケットをゲットした。

 その後、どういうわけか手荷物検査で引っかかり、軍人の制服を着た係官の青年二人に執拗にカバンを漁られた。「おかしいな、見つからないよ」「いや、あるはずだ(ポーランド語だけど、こんな感じ)」というやり取りの後、結局、無罪放免となった。何だったんだろう?

 免税店でズブロッカを3本買ったら、手持ちのズロチーはゼロとなった。売り子のオバサンは、俺の目的地を聞き出してから、厚手のビニールで品物を封印した。EUでは、液体系を飛行機に持ち込む際は、テロ対策として厳重に梱包しなければならないルールになったのだ。もっとも、本当に悪い奴が相手なら、ビニール程度で梱包しても無駄だと思うけどな。

 その後、本屋でワルシャワの絵葉書とワルシャワ市内地図(路線図が詳細に出ている奴)を買った。今さら地図を買っても意味ないけど、お土産にはなるだろうし、それに旅行記を書くときの参考資料になるだろう(実際に、今なっている)。

 12時5分発のアムステルダム行きの飛行機は、1時間近く遅れて出発だった。座席の後ろのほうで中国人の団体が大きな声で会話しまくってうるさかった。なんで中国語って、うるさく聞こえるのだろうね?また、オランダ人女性アテンダントの不細工さにも閉口した。ポーランドで美女ばかり見ていたものだから、他の国の女性が異常に醜く見えるのだ。ある意味、日本に帰るのが怖いな。

 往路と同様、アムステルダムで乗り換えだ。到着が30分遅れたし、もともと次の成田行きが1時間後だったので、空港内を大急ぎで移動したのだが、成田行きの出発も30分遅れていたから、焦って損したな。

 なお、ポーランドからの出国審査もこのスキポール空港内で行われた。受付の青年は、やっぱり目くら版で俺のパスポートにハンコを押すのだが、大丈夫かいな?もっとも、中東やアフリカ系の人に対するチェックは十分に厳しいようだった。仕方ないとはいえ、一種の人種差別だよな。

 16時10分発の成田行き飛行機の受付で、またもや荷物検査が入った。しつこいな。大勢のオランダ人係官が、厳しい顔つきで入念にカバンを調べて身体検査をする。テロ予告でもあったのだろうか?意表をつかれたせいか、客はみんな何かで引っかかっていた。俺も、手提げカバンが引っかかり、係官が何度も調べなおした。探知機には引っかかるけど、モノが見えない状態らしい。ワルシャワ空港のときと同じだ。やがて女性係官が、何かに閃いた。「あなた、もしかしてオープナー(栓抜き)を持っていませんか?」。ああ、確かに持っている。昨日スーパーで買って、手提げカバンの中にそのまま入れっぱなしだ。それを取り出して説明したら、係官はみんな納得して無罪放免となった。まあ、栓抜きは武器にはならないしね。

 それにしても、ワルシャワ空港の軍人二人組は、栓抜きの存在を探知できずに俺を放免したということか。大丈夫かいな?そんなことだから、ポーランド軍は歴史の中で何度も負けているんだよ!とか言いたくなったりして。

 実際、ポーランドはチェコに比べると歴史の中での負け方が酷すぎる。もうちょっと、器用にやりなさいよと言いたくなる。もっとも、チェコ人の賢さは特別なのだから、これと比較するのは酷というものだ。もしも日本がポーランドのような立場だったなら、もっと遥かに酷い目にあったに違いないし、おそらく日本民族自体が絶滅していたことだろう。ポーランド人だからこそ、何度も国土を消滅させられながら、故郷を焦土にされながら、ここまで元気に生き延びているのである。彼らだからこそ、ワルシャワの街を元通りに再建し、アウシュビッツを永久保存しているのである。その点は、深く尊敬すべきである。

 成田行きの飛行機の中では、映画「アイ・アム・レジェンド」を見始めたのだが、中盤で愛犬が死ぬ場面で切ってしまった。こういう内容の映画を観たい気分ではない。「300」も、以前日本でDVDを借りて見たし、一度見れば十分な内容なので、やっぱり途中まで見てやめた。「ナショナル・トレジャー2」は、内容があまりにも荒唐無稽なので閉口したけど、主人公たちが(インディ・ジョーンズのように)安易に人殺しをしないところがマシだったので、最後まで見た。その後は、寝るか読書するかMDを聞きまくりで、7日の朝10時に成田空港に着いた。

 入国審査の持ち込み品検査では、係員が随分と入念に俺の荷物をチェックし、汚れた下着の詰まった袋すら開けやがった。エロ本を、中に隠してなくてよかったなあ(笑)。っていうか、俺って、実際にエロ本とか隠し持っているように見えたのかね?(苦笑)。冗談はさておき、最近は検査が厳しくなったので、皆さんも気をつけましょうね。

 空港の構内を行き来する人々の姿を見るに、ううむ、まるで動物園だね、日本って(笑)。なにしろ一週間、美形の白人しか周囲にいない世界で生活していたので(自分自身の顔なんか見ないし)、どうしてもそういう眼になってしまうのだ。

 日本人女性の醜さについては、事前に心の準備をしていたので、意外と大丈夫だった。もっとも、ポーランド美女も、滞在3日目くらいから、あまり気にならなくなった。「美人は3日で飽きる」というのは本当だったのだな。っていうか、美女しかいないような国の中では、美女の価値が下がるような気もする。美女はやはり、不美人の中にいるからこそ差別化されて価値が出るのだ!そういう意味では、女性の大半が不美人である(ケンカ売っているんかい!(笑))日本の在り方のほうが、正常なのかもしれぬ。

 成田エクスプレスの時間帯が合わなかったので、JRの急行に乗って東京に出て、そこから総武線で市ヶ谷の下宿に帰宅した。

 こうして、今回の旅行も大成功に終わった。やたらに雨に見舞われたし、クラコフではコンサートにも歴史博物館にも行けなかったのだが、最大の目的であったアウシュビッツ見学は完遂されたのだから(危なかったけど)、大成功と言って良かろう。

 だけど、だんだんと新鮮さが無くなっていくね。昔は、一人旅にもっとロマンと感動を感じたものだが。やはり、歳をとったということかな。

 ヨーロッパに次に行くとすれば、クロアチアが良いかな。行きの飛行機の中で、ポーランド人の女学生がお勧めしていたことだし。

 でもその前に、これまで手薄だった中南米、中東、アフリカを訪れたいな。

 そう考えるなら、まだまだ老け込むには早いぜ!

 

 

終わり

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