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世界旅行記

キューバ旅行記

9月5日土曜日 出発


(1)日本を出発

(2)ヒューストン空港

(3)カンクン空港

(4)ハバナに到着

(5)ハバナ旧市街へ


 日本を出発

 今回は、成田空港からの夕方出発である。

 東京駅12時半発の成田エクスプレスを予約したので、午前中は、家で旅行準備の最終確認をしたり、あるいは洗濯をしたりしてゴロゴロ過ごした。

 やがて時間になったので、いつもの黒いボストンバックと新調の青い肩掛けカバンで出かけることにした。昼飯は、成田エクスプレスの中でカツサンドを食べて済ませた。なんとなく、風邪気味で食欲が湧かなかったから。

 今回は、風邪以外にも問題を抱えていた。6年前に、俺を一週間もの半身不随に陥らせた突発性腰痛が、今さらになってぶり返したので、旅行をキャンセルしようかと直前まで悩んでいたのだ。医者に痛み止めの薬を多めにもらったので、旅行中は何とかなるだろうとの目処は得られていたのだが、なんともテンションが上がらない旅立ちである。

 成田空港第一ターミナルでは、まず1万円をユーロに両替した。キューバでは、円の両替所が少ないと聞いていたからだ。次に、KDDIのブースに行って、海外でも使える携帯端末を受け取った。今回は、現地の人と携帯で連絡を取り合う必要があったからだ。

 続いて、コンティネンタル航空のブースでEチケットを受け取った。最近は、パスポートを機械に認証させるだけでチケットを受け取れるようになって便利である。もっとも、受付のお姉さんに全部やってもらったわけだが(笑)。

 こうして、あっという間に渡航準備が出来たので、海外旅行保険の物色に入った。いつもはAIUの安い保険に入るのだが、仕事の提携先の生命保険会社のお姉さんが「保険会社によっては、キューバ旅行が免責される(つまり保険金が支払われない)みたいですよ」と話していたのを思い出した。案の定、AIU保険のパンフレットに入念に目を通すと、「キューバ旅行だけは保険の対象外」と書かれていた。さすがは、アメリカ系企業。今のアフガンやイラクよりも、キューバの方が危険だと言いたいのだろうか?国を発つ前に、いきなり直面した「アメリカのキューバに対する異常な悪意」であった。仕方がないので、三井住友海上の保険に入ったのだが、日本の保険会社だと何の問題もなくキューバも保障対象になるのだから、おかしな話である。

 出国審査を受けて、15:55発の飛行機に乗る。腰痛の事情があるので通路側の席に座りたかったのだが、あいにく窓側3列の真ん中だった。まあ、仕方ない。来る途中で東京駅の本屋で買った津本陽の「乾坤の夢」上巻を読みつつ、MDプレイヤーで自家製ポピュラー音楽集(雑種テープ第29巻)を聴きつつ、適当に映画でも見ながら、ヒューストン空港までの12時間を潰した。

 機内映画は、まず「20世紀少年第2章」を見た。第1章はテレビで見たし、原作漫画も途中までは読んでいたので、ストーリーはすんなり頭に入ったのだが、物凄く暗い不愉快な気分になった。それは、「物語世界が荒唐無稽でありながら、語られる内容があまりにも陰惨」だからである。

 浦沢直樹さんの原作漫画は、あのポップな絵柄だからこそ、変てこな世界観と陰惨な風景が、微妙なバランスの上にエンターテインメントとして成り立つ。ところが、それを強面の俳優たちを用いて、ユーモアをまったく交えることなく、暗い画像タッチで実写映画化したらどうなるのか?案の定、大勢の人が惨たらしく死ぬだけの後味の悪い映画が出来てしまった。だから、人気漫画アニメの実写化には、俺は反対なのだ。もっとも、これは監督・堤幸彦の作家性にも問題があるのかもしれない。たとえば、金子修介あたりがメガホンを取っていたら、もう少し潤いのある映画になっていただろう。

 次に見たのが、「X-MENゼロ・ウルヴァリン」である。これはアメコミ映画ではあるが、ストーリーがしっかりしていて勧善懲悪的な内容で面白かった。やはり、荒唐無稽な漫画映画は、勧善懲悪でなければならないと思う。なお、そういう理由で、俺は「ウォッチメン」や「ダークナイト」が大嫌いだ。

 続いて「スタートレック」の新作を見始めたのだが、主演のカーク船長の顔が気に入らなかったので、途中で止めてしまった。それに、ミスター・スポック役は、やはりレナード・ニモイじゃないとねえ(笑)。

 機内サービスで気に入らなかったのは、アルコールが有料になった点である。飯が不味いのは仕方ないとして、アテンダントもオッサンとオバハンばかりだし、その上でとうとう、酒が有料と来たか。癪に障ったので酒は飲まなかったのだが、もともと一人では飲まない性分だし、酒の力を借りなくてもすぐに眠れる体質だから問題ない。

 もっとも、無料で新作映画(しかも、有料で見たら損をしたと感じる内容が多かった)を見まくれたのだから、あまり飛行機会社に文句を言うべきではないやね(笑)。

 

ヒューストン空港

  腰痛を気にして席の中でしきりにモゾモゾ動いたので、周囲のお客さんは迷惑だったかもしれぬが、そうやって小刻みに運動をしたせいか、なんとか12時間を無事に乗り切ってテキサス州のヒューストン空港に降りた。現地時間は午後2時である(時差14時間)。

 ここからメキシコのカンクン行きへと乗り換えるのだが、警備保安の必要上、いったんアメリカの入国審査を受けなければならない。9月上旬という時節がら、テロを警戒して審査は厳重である。入国カードや税関申請書を何度もチェックされ、両手の指紋と両眼の眼紋を採取され、あれこれと質問をされるのだ。

 旅行者の中にはトロい人もいるので(必要な書類を揃えていなかったり、言葉が不自由だったり、ESTAの事前承認を受けてなかったり)、入国審査の行列はなかなか前に進まないから、次の飛行機に乗り遅れるのではないかと非常に心配になる。

 いらいらしながら周囲を見回すと、メキシコ系の顔立ちの人が多い。聞こえて来る言葉も、そのほとんどがスペイン語である。テキサス州という土地柄もあるのだろうけど、なるほど、アメリカの構成人種がラテン系に占領されかけているという情報は本当らしいな。

 それにしても、ヒューストン空港の正式名称が「ジョージ・ブッシュ空港」というのには驚いた。普通こういうのって、物故した偉人の名前を付けるんじゃないの?おおかた、ブッシュ元大統領から寄付を貰って改築したとか、そういう理由なんだろうけど、すごく下品である。ある意味で、これこそがアメリカ国家の本性を示しているように思う。「カネさえ出せば、何でも有り」ってか。

 そうこうするうちに、ようやく俺の番になった。若いメキシコ系らしき入国審査官が行き先を聞いて来たので、「メキシコに泳ぎに行く」と答えておいた。正直に「キューバに行く」と答えたら、別室に連行されてどんな目に遭わされるか分かったものではないので。

 ・・・これは冗談ではなくて、マジです。

 こうして入国審査をスルーして、税関審査も切り抜けて、所持品検査も終わったので(靴まで調べられた)、ようやくメキシコ行きのターミナルに着いたのは午後3時。今回の旅行で最も疲労したのが、往復のヒューストン空港であった。トランジットするだけでこの手間であるから、もう二度とアメリカには来たくないと思った。

 それでも、VISAカードで生ジュースなど買って飲みつつ構内を散歩すると、ここは店舗が充実した楽しい空港だということが分かった。さすがは「ジョージ・ブッシュ」空港だぜ。さすがは、世界の大番長のアジトだぜ(笑)。

 周囲を見回すと、アメリカ白人はますますデブが増えた。それも、ジャバ・ザ・ハット(スターウォーズ参照)のような、醜いデブばかりだ。アメリカ白人どもは、サブプライム問題で全世界に迷惑をかけたのだから、たまには絶食して痩せることで、我々に誠意を見せたらどうだろうか?まあ、奴らにそんなことを期待する方が間違いか(笑)。

 

カンクン空港

  やがて時間が来たので、15:50発カンクン行きのコンティネンタル航空の小型機に乗る。約2時間半の飛行で、初めてのメキシコに到着だ。カンクンは、カリブ海に面したビーチリゾートなのだが、時季外れのせいか降りる客は少ない。

 厳しい入国審査(アメリカほどではないけど)を受け、健康状態報告書を書かされ(豚インフルエンザの関係かな?)、ようやく外に出た。夜7時だというのに、やけに蒸し暑いのは、さすがは南国である。周囲のヤシの木が、目に楽しい。

 我が体調は、なかなか良いようだ。心配していた風邪も腰痛も、どこかにすっ飛んでしまった。大好きな海外個人旅行に来られたので、テンションが高まったせいだろうか。

 旅行会社から貰った案内を眺めつつ、タクシーの運ちゃんたちの営業攻勢をかわしつつ、キューバ行き飛行機が出る第2ターミナルまで無料のシャトルバス(と言っても、小さなワゴンだったが)で移動した。利用者は俺を含めて6名だったのだが、日本人女性が3人いたので驚いた。みんな、キューバが目当てらしい。実は、人気があるんだね、キューバって。

 ところで、今回の旅行はいつものように、旅行会社に飛行機とホテルだけ予約してもらい、後はフリーで行動できるツアーに申し込んだ。「旅人舎」のクオリアスというプランである。このプランは、値段の割には行き帰りの空港送迎もあり、メールの対応なども良かったのでお勧めである。

 さて、第2ターミナルの受付で手続きを終えると、時刻は夜7時半だ。搭乗開始までわずか30分しかないのだが、さすがに空腹なので構内のフードコートを物色した結果、「バーガーキング」でワッパーを食べることにした。なんだか、空港でバーガーキングを食べるのは、「トルコ旅行」以来の例年のお約束になりつつある(笑)。そして、ここのワッパーは、物凄く美味かった。こんなに美味いバーガーキングは初めてである。

 周囲のメキシコ人は、みんな小柄で小太りで色黒である。いわゆる中南米のラテン系の人々は、インディオと黒人の混血の結果、こうなったのだ。ある意味、トルコ人に似た容貌にも見える。なんだか、トルコが懐かしいな。

 やがて時間が来たので、20:40発キューバ行きの小型機に乗り込む。全部で50名くらいしか乗客がいないのに、日本人が10名もいたのは驚きである。昨年のポーランド旅行のときは、日本人は完全に俺一人だったというのに、この差は何なのだろうか?

 メキシカーナ航空は、それなりに乗り心地の良い機体を使っているのだが、飛行中にアテンダントが床に香水を撒いたりするのがユニークだ。ジャスミンの香りは嫌いじゃないけど、香水アレルギーの人にとっては苦行かもしれない。

 わずか1時間10分でハバナ空港に到着。カンクンは、メキシコ半島の突端に位置するので、キューバ島からは近いのである。

 それを言うなら、テキサス州だってキューバに近いのである。この近い距離を、アメリカ→メキシコ→キューバと乗り継がなければならないのは、面倒くさい上に時間の無駄である。これは技術の問題ではなくて、純粋な政治問題だ。アメリカは、50年にもわたってキューバと国交断絶状態だから、こういう面倒なことになる。一介の旅行者にとっては、とばっちりを食らうばかりでアホらしい話なのだが。

 実は、カナダ経由ないしフランス経由という方法もあった。これだと乗り換え一回で済むのだが、アメリカ経由に比べるとトランジットの待ち時間がかなり余計にかかるらしく、だから「旅人舎」はアメリカ経由のコース設定をしたらしい。確かに、乗り換えの空港で、膨大な時間を退屈に浪費するのは愉快ではない。かつて、トルコ旅行での往時のカタール空港7時間待ちは、なかなかの苦行だったから、それを考えるのなら、このコース設定で正解だったのだろう。

 そんなことより、アメリカさんは、早いところキューバと仲良くなって頂きたいものだ。そうなれば、全ての問題が一挙に解決するはずだから。

 

ハバナに到着

  さて、ハバナ空港である。正式名は「ホセ・マルティ国際空港」。キューバ人は、実はカストロやゲバラよりも、その先達であるホセ・マルティを尊敬しているのである。もちろん、この人は故人である。すなわち、キューバがアメリカより下品ということは有り得ない。

 ともあれ、いよいよキューバの大地だ。ここからは、しっかりと全てを克明に観察しなければならぬ。

 ハバナ空港は、夜10時だというのに、メキシコに似た蒸し暑い空気に覆われている。

 飛行機のタラップを降りると、ライトブラウンの迷彩服を着た数名の兵隊たちが待っていた。彼らは犬を連れていたので、これは麻薬の取り締まりなのだろう。ユニークなのは、犬たちがみんな小さくて可愛らしい点である。プードルの仲間であろうか?兵隊たちも、気のせいか柔和な表情をしている。むしろ、お隣のメキシコやアメリカで見かけた兵隊の方が、遙かに緊張感のある凶悪な相貌をしていた。これはキューバが(一般のイメージと違って)平和な国であることの証拠の一つだと思われた。

 オンボロのシャトルバスに乗って空港ビルに入ると、その雰囲気は、4年前に訪れたモンゴルの空港に良く似ている。ただし、あの国よりも建物がリッチで近代的であるのは、少し意外だった。後で聞いた話によると、この第3ターミナルは、1998年にローマ法王ヨハネ・パウロ2世が来訪した時に新築したものらしい。なるほど、まだ築10年だから新しいわけだ。

 構内の構造や雰囲気は、特に他の国の空港と違わないのだが、最初に違和感を覚えたのはトイレに紙がない点であった。もちろん、トイレットペーパーはあるのだが、手を拭く紙(ペーパータオル)が払底していたのである。やはり、この国の資源不足は深刻なのかもしれない。もっとも、俺は常にハンカチを携帯しているからノープロブレムなのだが。

 次に驚いたのは、空港職員全員が、口に緑色の布マスクを装着していた点である。もちろんインフルエンザ対策なのだろうけど、途中の空港では、アメリカ人もメキシコ人もこんなことはしていなかった。さすが、キューバは予防医療が世界一発達した国である。

 入国審査は、意外と簡単だった。旅行会社に用意してもらった「キューバ入出国カード」を審査員のオバサンに渡し、その半分(入国分)を査収される。それから、パスポートチェックをされて、片目の眼紋を採取されて終わりだ。この時、審査官はパスポートにはスタンプを押さない。アメリカ政府が、キューバに入国した外国人に対して陰湿な嫌がらせをする事件が頻発するので、それを慮ってパスポートに記録を残さないように配慮してくれているのだ。小さな親切だが、有り難いことである。

 ・・・って言うより、アメリカって本当に嫌な国だね。お前さんがキューバと仲が悪いのは勝手だけど、外国人旅行者を巻き込むことは無いだろうが。

 ちなみに、アメリカの民間人は、キューバに渡航したことが本国にバレると、政府から巨額の罰金を取られるらしい。でも、実際には多くのアメリカ人が、メキシコ経由でキューバ旅行に来ているようだ。なにしろパスポートに証拠が残らないのだから、本人が黙っていればバレないわけだしね。本当は、多くのアメリカ人がキューバと仲良くしたいのである。キューバ音楽を生演奏で楽しんだり、キューバ葉巻を吸いたいのである。アホな政府が勝手に依怙地になっているのだから、悲しいことである。

 さて、荷物はすべて、いつものように機内持ち込みで来たので、あっという間に到着ゲートに出た。そこには、大柄な黒人のオジサンが「Mr.Miura」の札を持って笑顔で立っていた。ルイスと名乗るこの人は、旅行会社に言いつけられて待っていてくれたのである。流ちょうな日本語で挨拶してくれた彼は、両替所まで俺を連れて行き、そして注意した。「レートをしっかりとチェックしてください。そして、計算が合っているかどうか、しっかりと確認してくださいね。そして、財布はしっかりと確保していてね」。

 どうやら、両替所とその周辺であっても、ボッタくりやスリが多いらしい。昨今の観光客の増加によって、この国のモラルは相当に低下しているようだな。

 とりあえず、両替所のオバサンに、2万円を約180CUCに換算してもらった。

 ここで説明すると、キューバは二重通貨制の国である。ペソ・クバーノ(CUP)とペソ・コンパティブレ(CUC)があり、庶民は前者を、観光客は後者を使うルールになっている。

 なお、CUPとCUCの価値の差は、1対25である。つまり1CUCは、25CUPの価値を持つ。そして、国内の外国人観光客向けの商品価格は、なかなか高く、東京と同じ相場感覚である。キューバ政府は、こういう形で海外からお金を集め、兌換通貨ドルを獲得し、これをもって必要な物財を海外から調達すると言う国家経済の在り方なのだ。

 すなわち、アメリカ政府が、キューバに渡航する観光客を虐める理由は、彼らがこの国に「兵糧攻め(経済封鎖)」を仕掛けていることと関係する。つまりアメリカは、キューバに行く人を虐めて観光客を減らせば、憎き敵国を弱らせることが出来るだろうと踏んでいるのだった。まったく、善良な旅行者にとっては迷惑な話である。程度の低い喧嘩は、もっと別の場所で別の形でやってもらいたいものだ。

 

ハバナ旧市街へ

  さて、ルイスさんに連れられて、空港の前で、運転手の老人が待つ小型乗用車(韓国製)に乗り込んだ。周囲は薄暗いけど、ポーランドよりも空気が美味くて雰囲気も良い。ただし、空港の外も沿道も、何か強烈な違和感を漂わせている。しばらく道を走るうちに、その正体に気づいた。この都市には、「商業広告」が全く存在しないのだ。これは、初めての経験だけに楽しくなる。なるほど、「キューバは社会主義の国なのだ」と初めて実感した。この国には、原則として民間企業が存在しないので、従って商業広告も無いのだ。

 じゃあ、代わりに政治スローガンが多いかと言えば、そんなことも無い。むしろ、日本より少ないくらいである。その結果、町並みは非常に殺風景だ。でも、本来はこれこそが、当たり前で人間的な風景なのかも。まだ着いたばかりだが、「キューバに嵌る」日本人が多い理由が分かるような気がして来たぞ。

 さて、ルイスさんは饒舌なので、日本語でいろいろな話をしてくれた。彼は、政府観光局の仕事で東京に住んでいたことがあり、それで日本語が達者なのだ。なんとなく、トルコ旅行で出会ったラマザン氏を彷彿とさせる人柄だ。と言うよりか、キューバ人とトルコ人は良く似た国民性だということが次第に明らかになる。

 さて、ルイスさんはまず、沿道で見かけた空港第2ターミナルが「アメリカ亡命者専用空港」であることを教えてくれた。奇妙なことだが、亡命キューバ人たちは、キューバとアメリカ間の移民協定に基づき、制限付きで母国に帰国したり送金したり出来るのである。それって、亡命というより出稼ぎの一種なのでは?(笑)

 ちなみに、第1ターミナルは、国内線専用空港なのだそうな。きっと、そっちは古くてボロいのだろうね。

 続いてルイスさんは、キューバが「教育、医療、スポーツを完全に無料にし、全国民に平等に生活必需品の配給がある国」であることを教えてくれた。まあ、それは知っていたけどね。この国は、世界で唯一の「真面目で正しい社会主義国」なのだ。そして俺は今回、その実態を見に来たのである。

 自動車が「革命広場」の前を通りかかったとき、ルイスさんは「フィデルは、まだ元気だったころ、ここで6時間もぶっ通しで演説したものです。今は病気だからね」と呟いた。その声が、優しく潤んで温かいのが印象的だった。なるほど、キューバ人は建国の父フィデル・カストロを心から敬愛しているのだ。

 ルイスさんは、沿道の施設や建物について詳細な説明をしてくれたのだが、周囲が暗くて良く分からなかった。また彼は、夜は治安が良くないので、あまり中央市街などを一人で出歩かないようにと注意してくれた。

 そうこうするうちに車は旧市街に入り、ライトアップされたカピトリオ(旧国会議事堂)の前を通り、有名なカクテルバー「エル・フロリディーテ」の前を過ぎて、目的地「ホテル・プラサ」に到着した。

 ここは、スペイン・コロニアル様式の、白亜の美麗な建物だ。狭い入り口を抜けると、雰囲気の良いロビーが広がる。PCブースには、5台ものパソコンが並んでいる。インターネットはフリーで使えるようだ。

 チェックインの手続きは、一緒にホテルに入ったルイスさんがやってくれた。俺はスペイン語が不自由なので、実に有り難い。

 ルイスさんと別れた後(チップを払い忘れたのだが)、同じツアーに参加した日本人カップル(若夫婦?)と鉢合わせになったので、各自の部屋まで移動する途中でそれなりの情報交換をした。もっとも、彼らは明日以降の詳細な行動予定は決めていないらしい。それは俺も同じことで、こっちも、明日の朝に落ち合うはずのガイドさん任せなのである。

 それにしても、同じツアーの日本人と鉢合わせになったのは、実に珍しいことである。つまりキューバは、チェコやポーランドやトルコよりも、日本人に人気があるということだろうか。

 ところで、上階に向かう我々と同じエレベーターに、饐えたような雰囲気を漂わせた白人の男女が乗り合わせた。女性は、見た感じキューバ人である。偏見かもしれないが、売春カップルかもしれない。この国では、売春が盛んということになっているので(笑)。

 3Fの奥に位置する部屋に入ると、久しぶりに、昔風のヨーロピアンスタイルだった。これって、ウイーンの「パーク・シェーンブルン」以来なので懐かしくなる。案の定、浴室の電気が壊れていて点かなかった。歯ブラシも置いていない。キューバがどうこうという話ではなく、ヨーロピアンスタイルとは、そういう物なのである。しかし、シャンプーや石鹸も無いのには驚いた。この国は、そんなにモノ不足なのだろうか?

 しかし、暑い。夜11時なのに、どうしてこんなに蒸し暑いのだ?東京の猛暑日を遙かに超越しているので、ベッドに座っているだけで汗がダラダラ溢れ出る。

 窓を開けると、少しは涼しい風が入ってくるのだが、外で若者たちが大騒ぎしていてうるさい。飲み会にしては、スローガンっぽいシュプレヒコールが断続するので、政治集会か何かだろうか?意外と、全開にした窓から虫が入って来ないのが救いである。

 興味本位でテレビを付けてみたら、マイケル・ジャクソンが踊っていたので驚いた。これは、海賊版のビデオか何かかな?キューバ人は、実はアメリカ文化が嫌いではないのである。そして、革命政権もその辺は寛容なのだ。しかし、アメリカ側はこうではない。大国アメリカの方が、小国キューバよりも心が狭いのは、なかなか興味深い事実である。

 さて、すぐには眠れそうもないし、目覚まし時計の正確な時刻合わせもしたいので(室内には時計が置いてなかった)、ロビーに降りることにした。

 まずはフロントの時計を見ると、よしよし、時差はサマータイムなので13時間なのね。ついでにPCブースに行ってネットをやろうと思ったけど、OSがリナックスで、使い方が分からないので断念した。アメリカの経済封鎖によって、この国は米系のコンピュータOS(ウィンドウズなど)を使えないのである。

 意外に思う人が多いかもしれないが、キューバにはパソコンもインターネットも十分に普及していて、学校の授業でも普通に教えているらしい。北朝鮮などとは、訳が違う。

 さて、ロビーやバーなどをウロウロするうち、次第に眠くなってきた。そこで部屋に帰って、持参してきたハブラシで歯を磨いてから横になると、ウトウトするうちに眠りに落ちた。

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