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世界旅行記

ドイツ旅行記(附第三次チェコ旅行記)

9月20日(火曜日) ベルリンからドレスデンへ


 (1)市内観光バス

(2)ベルリンの壁ギャラリー

(3)ベルリン動物園

(4)カレーソーセージ

(5)ベルリン中央駅

(6)ドレスデン行き特急

(7)第一次ドレスデン散策

 


 (1)市内観光バス

 早朝6時半に起きて、7時にホテルの同じ場所で朝飯を食う。メニューは、昨日と全く同じだ。ただ、例の「なんべん」のお姉ちゃんが、今日は「ナンバー」と発音したのが印象的だった。一夜漬けで英語を勉強したのだろうか?どんな物事にも進歩はあるということだ。

 今日は気のせいか、昨日ほどには寒くない。体が慣れたせいもあるだろう。

 とりあえず、「はとバス」に乗ってみることにする。ツォー駅から100番バスと200番バスというのが出ていて、それぞれ微妙に違うルートでベルリン市内の主要な場所を回ってくれるのだ。

 昨日の朝と同様にツォー駅まで歩いて行くと、100番バスの乗り場はすぐに分かったのだが、普通の市内バスと停留所が同じなので、通学の子供たちや通勤のサラリーマンがウジャウジャと並んでいた。なんだよ、観光客向けの「はとバス」って訳じゃ無いんじゃん。とりあえず、自動券売機で1日券を買ってバス停に並んだ。

 ドイツのバスターミナルで感心したのは、全ての発着案内が電光掲示になっていて「次のバス(××番)の到着まであと5分」という具合に、待ち時間を表示してくれる点だ。これは便利である。乗客は待ち時間をチェックした上で、空いた時間を買い物やトイレに回せるからだ。

 昨日のSバーンやUバーンもそういう仕組みになっていたのだが、電車の場合は時間を読むのが簡単だ。だから、東京の鉄道路線にだって似たような仕組みはある。しかしバスの場合は、道路事情によっては時間が読めないのが普通だろう。それなのに、正確な待ち時間表示が出来るというのは、なかなか進んでいる。走行中のバスとバス停との間で、GPS通信システムが機能しているということだろうか?仮にそうなら、日本もこのシステムを導入すべきだろう。

 そういうわけで、待ち時間にまったくストレスを感じることなく、2階建ての100番バスに乗り込んだ。ただし、オープンエアの2階席は、通学の子供たちが一斉に駆け上がって占拠したので諦めて、1階席でサラリーマンやOLに囲まれたまま車窓を楽しんだ。

 しかし、このバスが混んでいたのはティーアガルテン内の戦勝記念塔の辺りまでで、みんな途中の学校やオフィス街などに降りて行った。こっちの住民の生活圏は、あくまでも「西側」なのだろうな。

 がら空きになったバスは、欝蒼とした樹木に覆われた市民公園ティーアガルテンを抜けると、ウンター・デン・リンデンに入った。ここからが旧・東ベルリンだ。昨日も歩いた菩提樹の街並みを車窓から眺めていると、あっというまにテレビ塔を過ぎてアレクサンダー広場駅に来た。

 もうすぐ終点だし、終点には何もなさそうなので、ここでバスを降りて銀色に輝くテレビ塔を下から眺めた。東京のスカイツリーの方がかっこいいね。ドイツの建築って、ゴツゴツしていてあんまり美しさを感じない。これも国民性というものだろうか?

 

 

(2)ベルリンの壁ギャラリー

  さて、「ベルリンの壁」を利用した屋外絵画館イーストサイド・ギャラリーを見たくなったので、高架になっているアレクサンダー広場駅に入った。JRの高円寺駅のような雰囲気である。

 ここからSバーンを2駅南下してオスト駅で降りると、ここは郊外行きの特急が出入りしている大きな駅で、位置的にも雰囲気的にも東京の品川駅に良く似ていた。ここからシュプレー川の方向に歩くと、自動車道路の向こう側に灰色の壁の列が見えた。その壁には、ぎっしりと絵が描いてある。

 ここは、「ベルリンの壁」が崩壊した直後に、大勢の市民がペンキで「落書き」をした部分を集めたオープンギャラリーである。市当局は撤去を考えたこともあるようだが、芸術性が高いものだからそのまま保存することにしたらしい。

 全体を俯瞰的に眺めるために、あえて道路を渡らずに反対車線側の歩道をゆっくりと歩いた。うるさく行きかう自動車越しに見ているだけでも、確かに面白い。中には、日本をモチーフにした絵(富士山や京都)もあって、そこには「ようやく日本への経路が開かれたぞ!」などとドイツ語で書かれている。きっと、日本愛好家の東ドイツ人が描いたんだろうな。そして、有名なブレジネフとホーネッカーの「友好のキス」。実物を間近に見ると、すごくキモい。これこそが、自由と解放を得た東ドイツ人の、過去の卑屈な隷属に対する率直な思いなのだろうな。色々な意味ですごく面白い。

 kiss

  全世界で、こんなものを見られるのはベルリンだけだろう。ようやく、「ベルリンに来て良かった」と素直に思った俺であった。

 1キロほど歩くと、芸術の壁も終わりだ。

 ちょうどUバーンのワルシャワ通り駅に出くわしたので、ここからU12に乗り込んでツォーに戻ることにする。すなわち、ベルリン南東の郊外から西北方面へと走るのだ。この路線は、かなりの区間で高架上を走ったので(ぜんぜん地下鉄じゃ無いじゃん(笑))、郊外のベルリンっ子の素朴な生活を上から眺めることができて楽しかった。

 平和だねえ。平和は素晴らしいねえ。

 

(3)ベルリン動物園

  ツォーに着いたので、平和ついでに動物園に行くことにした。

 日本に帰ってから「動物園に行った」と報告したら、友人たちからバカにされてしまった。だけどベルリン動物園は、ヨーロッパ最大級の規模を誇る由緒正しい名所の一つなのだぞ。

 チケット売り場のオバサンに、ドイツ語で「水族館抜きのチケット1枚ください(アイン・カルテ・オーネ・アクエリウム・ビッテ)」と話しかけたら、オバサンは「グート!」と大喜びだった。やっぱり、ドイツ語で喋ってもらう方が現地人は嬉しいのだろう。

 入口を入ってすぐのところに子供たちが集まっているので、何だろうと思ったら、アルパカの群れがいた。ドイツでは、パンダよりもアルパカが人気者らしい。

 いちおう、パンダも奥の方にいたのだが、あんまりお客さんはいなかった。この辺りが、日本とドイツの国民性の違いなのだろうか?そういうわけで、俺は一人でパンダ見学を独占したのであった。上野動物園に行列を作って見に行く人たちは、ご愁傷様です。

 ちょうど朝のエサの時間だったので、あちこちの檻で、サルやゾウやキリン、そして鳥類の食事風景が見られて楽しかった。逆に、ライオンやトラなどの肉食獣はお昼寝中だった。まあ、肉食獣は基本的に、いつも寝ているやね。

 この園内で最も人気があったのはシロクマで、こいつの檻の周辺には大人も子供も鈴なりだった。ドイツでは、もしかしてシロクマを主人公にした人気アニメでもやっているのだろうか?

 俺にとって、海外の動物園はこれが3度目である。1度目はウイーンのシェーンブルン宮殿の付属動物園、2度目はオーストラリアのメルボルン動物園(甥っ子たちと行った)、そして3度目がここベルリンと言うわけだ。

 シェーンブルンの動物園は、東京の上野動物園程度の規模で、はっきり言ってたいしたことは無かった。メルボルン動物園は素晴らしかったのだが、オーストラリアは大自然と珍しい動植物を売りにしている国なのだから、素晴らしいのはむしろ当然だろう。

 さて、ベルリンは東京みたいな雰囲気の近代的な大都市なのに、動物園の規模がオーストラリア並だったので驚いた。したがって、動物たちも居心地が比較的良さそうだった。だけど人間の俺は、園内を一周するだけで足が痛くなって疲労困憊する始末。今日は、あまり歩かないようにするつもりだったのだが、その野望(?)は早朝から挫折したのであった。

 いきなり疲れたので、ベンチで読書(読みかけの「幻夜」)する。この動物園は、施設全体が公園として奇麗に整備されているので、木陰で読書しているだけで十分に気持ちよい。これなら、1日いても飽きなさそうだ。

 だけど、文句を言いたいのは、「トイレが少ない」点である。広大な敷地内を必死に探してトイレを見つけるのが非常にたいへんだった。全般的に、ドイツはトイレの数が少ないように思う。いつも昼間からビールを飲む俺も悪いんだけど(笑)、もうちょっとトイレの数を増やしてもらいたい。

 やがて腹も減ったので、往路とは別の南口から出ることにした。この出入口の周辺エリアにはアジアの動物が多いせいか、入口の門は中国風の意匠になっていて、大勢の観光客がカメラを使っていた。

  zoo berlin

  

(4)カレーソーセージ

  昼飯を求めて、ツォー駅方面に向かう。

 駅前に差しかかったところで、乳飲み子を抱えたアラブ風の若い女性に声をかけられた。首から下げている看板の英文字を読めという。必死の形相にほだされて言う通りにしたところ、この女性は「幼い子供を抱えて仕事を探している。だけど不景気で仕事に就けないので、母子ともども困っている」そうな。

 ・・・・そんなこと、一介の旅行者に言われてもなあ。

 もしかして、お金を恵んで欲しいのかなと思ったけど、俺の財布の中には約5千円しかない。これっぽっち恵んだところで、焼け石に水だし、かえって本人のためにならないだろう。そう判断したので、謝って足早に立ち去った。

 そういう目で街を見ると、ツォーの周辺は乞食や浮浪者が多い。ドイツはEUの中でも経済は好調の方なのだが、それでも状況は良くないらしい。もっとも、ドイツ経済の好調を当て込んで、海外から流れて来る貧民も多いのだろうけど。

 微妙に暗い気分になりつつ、ツォー駅に入る。この構内の「カレーヴルスト・エキスプレス」なる店で、ベルリン名物カレーソーセージを食したくなったのだ。

 まだ11時半だったので、店は空いていた。とりあえず普通サイズをカウンターで注文すると、店員の青年はソーセージを円筒形の銀色の機械に放りこんでぶつ切りにし、これを発泡スチロールの皿に盛り、その上に特製ケチャップとカレー粉をかけた。そして、木製の匙を乗せた。それだけだ。

 currybrust

  ・・・これが、ベルリン最高のB級グルメだと?見てくれは悪いし、ただ単にソーセージのぶつ切りにカレーソースをかけただけじゃねえか。「ドイツ人は、グルメのセンスはダメだな」と思いつつテーブル席で一口ほおばると、思ったより美味かった。これは、結構いける。大盛りサイズを頼んでも大丈夫だったかもしれない。さすがは、ベルリンで最高といわれる食べ物だ。でも、しょせんソーセージはソーセージだよね。

 食べ終わったので紙皿をゴミ箱に捨て、ツォー駅周辺を散歩して回る。飲食店をチェックすると、マックやケンタの他には、「ノルド・ゼー(北海)」というシーフードのチェーン店や「カイザー(皇帝)」というパン屋のチェーン店が目立つ。いちおうは寿司屋もあるし、ケバブ屋(トルコ料理)もある。それと、「アジアン・グルメ」という焼きそば屋。白人のお姉さんが、熱心に鉄板で焼きそばを作っている様子が微笑ましかった。

 こうやって見ていくと、ドイツ人のオリジナルのB級グルメって、ソーセージしか無いことが分かる。こいつら、アメリカとイギリスの次くらいに、食文化が貧しい奴らなんだな。こんなに勤勉で優秀な民族なのに、そこんところは不思議である。同じ勤勉な民族同士でも、食文化が薄いところは日本人と大違いだ。

 たまに思うのだが、これって宗教が関係したりするのだろうか?俺の中での「料理が不味い3大国」は、アメリカ、イギリス、そしてドイツである。そして、この3国とも新教(プロテスタント)が中心となっている国だ。つまり新教は、グルメを否定する哲学でも持っているのだろうか?ただし、逆も言えるかもしれない、これらの地域では、食文化が貧しいからこそ、新教が普及したのかもしれない。どちらが先なのかは、ニワトリが先か?タマゴが先か?と、いうレベルの不毛な議論なのかもしれないが。

 

(5)ベルリン中央駅

  昼時の繁華街をウロウロしつつ、クーダム周辺のブランド屋やお土産屋なども冷やかしつつ、なんとなくホテルに帰って来た。

 今日は、14:48発のドレスデン行き電車に乗らなければならない。まだ12時だから少し早いけど、ベルリン中央駅に向かおうか。などと思案しつつ部屋のベッドの上でゴロゴロしていると、ベッドメイクのお姉さんが鍵を開けて入って来た。やれやれ、タイミングが悪い。もうちょっと、ゴロゴロしていられると思ったんだけどなあ。

 黒人系のお姉さんは、謝りつつ部屋を出て行くので、「その必要は無いよ」と呼びとめつつ、大急ぎで出発の準備を終えて部屋を後にした。ブールヴァードは、確かにボロホテルだったけど、そんなに嫌ではなかったな。

 6階の受付に行くと、例の金髪娘2人に加えて、支配人と思われるオジサンが楽しそうに放談していた。お喋りするのは結構だけど、客の相手を忘れるなよ。会話に割って入ってチェックアウトの手続きを済ませると、荷物を抱えて再びツォー駅からSバーンに乗り込んだ。

 ツォー駅からだと10分程度でベルリン中央駅に着いてしまうので、ドレスデン行きの電車の出発まで無駄に時間が余りまくっている。もっとも中央駅は、ガラス張りの近代的な5層の広大な駅で、構内に非常に多くのお店がある。そこで、本屋さんを冷やかしたり、CD屋を冷やかしたり、土産店を物色したり、あるいはカフェテリアを冷やかして回った。

 berlin central

  買いたいものは、何も見つからなかった。土産屋にはクマのぬいぐるみ(元祖テディベア)か絵葉書しかないし、CD屋にはクラシックか英米系ポップスしか置いてなかった。俺は、旅先でご当地ポップスのCDを買って帰るのをいつも楽しみにしているのだが、ドイツではそれは難しそうだ。ドイツでは、ご当地歌手のCDをこういう国際的な場所に置かないものなのかね?

 まあ、それでもウィンドウショッピングは十分に楽しめた。それに飽きると、ベンチに座って読書に励む。

 そのうち小腹が空いたので、フードコートでカレーヴルストをまた食べようと思ったのだが、すごい行列だったので諦めた。しかし、行列を作るほどのものかね?あのカレーソーセージ(笑)。

 そうこうしているうちに時間になったので、地下最下層のドレスデン行きの出発ホームに移動した。この階にも雑貨屋やレストランが多かったのだが、なんとなくフィッシュ&チップスの専門店に惹かれるものを感じたので、ここにイート・インして大盛りを食べたのだが、これが不味いこと不味いこと。ほとんどイモしか入ってないし、たまに見かける白身魚のフライも、臭みがあって酷い味だった。ドイツ人が、ソーセージばかり食べたがる理由がよく分かった。なるほど、他のは食えたものじゃないんだね。

 

(6)ドレスデン行き特急

  さて、ドレスデン行きの特急だ。最新式のユーロスターみたいな車両を期待していたのだが、なんとCDの旧式車輌だった!CD、すなわち「チェコ鉄道」である。なるほど、この路線はそのままチェコに乗り入れているので、チェコ鉄道がベルリンまで来ちゃっているわけね。

 俺はチェコ好きだから、チェコ鉄道にさっそく乗れて嬉しくないわけがないのだが、12年前にも乗ったことがある社会主義時代の旧式車輌というのがちょっと。それでも、コンパートメント(各部屋6人乗り)の中で自分の予約席を探すと、窓際の良い席が確保されていた。事前に、旅行会社に座席の予約をお願いしておいたのである。ハンガリー旅行の時に、特急列車で3時間立ちっぱなしになったことが、微妙にトラウマになっていたからだ。

 こちらでの予約の在り方は、少々ユニークだ。基本的には、どの席も自由席なのである。ただし、予約が入ったときは、当該コンパートメントの入口に白い紙が貼られてその旨が明記される。ところが、その紙には個人情報保護の関係なのか、予約区間と予約座席の表示はあるけれど、予約者の個人名などは書いていないのだ。これだと、悪い奴が予約者に成り済まして「指定席ただ乗り」が出来ちゃいそうな気がするけど、その辺りはどうなんだろう?

 もっとも、この区間の電車はあまり混んでいないみたいで、俺も「予約の必要はなかったかな?」と思うくらい、発車直前までガラガラだった。まあ、現地で何らかのトラブルに巻き込まれて列車に乗り込むのが遅れたり、あるいは突発的事情で激混みということも有り得たのだから、一回2,000円で座席予約を入れておいた自分の判断は、必ずしも間違いではないだろう。

 それでも最終的に、同じコンパートメントに老人やオジサンたちが4名乗り込んだので、それなりに満席になったわけだ。

 定刻通りに出発した車窓は意外と単調で、平野か森がだらだらと続くだけだった。そういうわけで、中央駅で買ったアイスティー(ネスティー)を飲みながら読書に勤しんだ。

 約2時間で、電車は減速を始めた。もうドレスデンか、早いな。俺が荷物を纏め始めたのを見て、「もう着いたのか!」と、周囲の乗客も慌てて身支度を始めた。お前ら、現地人じゃないのかよ?(苦笑)

 16:52に定刻通り到着したドレスデン中央駅の駅舎は、白色を基調としていて上品かつ美しい。楽しくなって、いくつもの電車が並ぶ駅舎内をウロウロした。それに飽きると、ホテルを目指して大通りに向かった。

  dresden central

 

(7)第一次ドレスデン散策

  ドレスデン駅前の目抜き通りは、プラハ大通り(プラガー・シュトラッセ)というから、チェコマニアにとっては嬉しい命名である。ちなみに、近くにブダペスト大通りとかサンクト・ペテルブルク大通りもあったりするから、ある意味で国際的な街なのである。

 俺がまず目指すのは、このプラハ大通り沿いに3つ並び立つ、イビスイ・グループのホテル群の一番手前(駅側)に位置する、「バスタイ」であった。このホテルは、ベルリンのボロホテルと違って、すぐに目につくところに聳える、白く近代的な高層ビルである。

 明るくアットホームな1階の受付に行くと、陽気なお兄ちゃんが応対してくれた。だけど、俺の宿泊カードを一目見て「漢字お断り!」とか言い出した。日本語アレルギーでもあるのかいな?「このカード、漢字ばかりじゃないよ。英語の文字もあるでしょ?」と説明して無事にチェックイン。8階の部屋に入って荷物を置くと、窓からドレスデン市街を眺める。

 ・・・高層ビルしか見えん(絶句)。

 白を基調とした清潔感溢れる部屋の中で、しばらくベッドでゴロゴロして「地球の歩き方」を精読してから、市街の歴史地区に遊びに行くことにした。

 ホテルの1階ロビーでパソコンを見かけたので、mixiでもやろうかと思ったら、なんと有料だった。だったら、手持ちのケータイで遊んだ方がマシだよね。

 ホテルの前の大通りは、ちょっとした広場になっているのだが、コンクリート張りの歩道といい、単なる近代都市じゃないか。ベルリンより酷いな。

 ここドレスデンは、第二次大戦で激しい空襲を浴びて、いったん壊滅した街なので、地霊が欠けているのはむしろ当然なのかもしれない。

 プラハ大通りの沿道には、近代的なスーパーマーケットやブランドものの店や雑貨屋がひたすら並んでいるから、ベルリンと同様に生活には便利な街なのだろう。それでも、エルベ川を目指してプラハ大通りを北進して行くと、ようやく昔のヨーロッパ風の石造りの街並みが見えてきた。観光旅行は、やっぱりこうで無ければ楽しくないね。

 大掛かりな補修中のドレスデン城の横を抜けると、エルベ川とアウグスト大橋が眼前に広がった。さすがにこの辺りは、黒光りした石積み建築と石畳に覆われていて、見事に中世ヨーロッパ風である。

 とりあえず、遊覧船に興味があったので、遊覧船のチケット売り場に向かう。ガラス張りの小さなチケット売り場の小屋は、アウグスト大橋の下を通る自動車道の向こう側の川沿いにあるのだが、この自動車道は車がひっきりなしに走る上に信号が故障中とあって、渡るのに非常に難儀した。なんとか目的地に辿り着いて、小屋の中で英語版のパンフレットを読み込んだところ、やはり川下りツアーの多くは所要時間が長くて、日帰りで行くには厳しそうだ。唯一、マイセンとの往復便がギリギリ日帰りできる感じだったので、こいつのチケットを買うことにした。

 売り場の窓口で、受け付けのお爺さんに「英語で話してもいい?」と問いかけたところ、露骨に嫌そうな顔だったけど、ちゃんと対応してくれた。ドレスデンとマイセンとの遊覧船の往復便は、17ユーロだった。お爺さんは、しきりに「本当に往復便でいいのか?」と聞いて来たのだが、「当たり前じゃん」と深く考えずに押し通した。

 後で考えると、帰路は鉄道を使った方が早くて安かったのだ。「お爺さん、そこまで説明してくれれば良かったのに」と思いつつも、彼らとしてもこれが商売だから仕方ないかねえ。

 ともあれ、首尾よくチケットをゲットしたので、アウグスト大橋を北に渡って新市街の入口まで歩いた。ここから眺めるドレスデン旧市街は、金色の夕日を浴びてかなり美しい。なるほど、ここはベルリンよりは楽しそうな街である。

 それから、旧市街に引き返して観光名所のノイマルクト(新市場)広場に入り、アウグスト強王やマルチン・ルターの銅像や美麗な教会を見て回った。また、アルトマルクト(旧市場)広場では、折しも開催中のお祭り(のみの市?)を冷やかした。

 luter

  ドレスデンの気温は、ベルリンに比べると遙かに温かい。さすがに、南に下っただけのことはあるね。ただし、足は相変わらず痛いので、今日は早く休んだ方が良さそうだ。

 夕方6時を過ぎたところで、夕飯を漁りに行く。ただし、今日は半端な時間に、クソ不味い(苦笑)フィッシュ&チップスを食った関係で、そんなに空腹感が無い。昨夜のようにガッツリ食う気にならなかったので、簡易食堂を物色したのだが、適当なのが見つからない。クソ不味いメシは、もう懲り懲りだしなあ。

 結局、ドレスデン中央駅まで戻って、構内の「バーガーキング」でチキンバーガーのサラダセットを食べた。サラダは、間違えてプレーン(つまりドレッシング無し)を注文してしまったのだが、ヨーロッパのサラダは生でも美味なので無問題なのだった。そういえば、ここ数日は肉(主にソーセージ系ね)とイモしか食っていないので、ここでサラダをガッツリ摂取したのは大正解である。そして、俺の「海外旅行先で必ずバーガーキングに入る」記録は、依然として更新中なのであった(笑)。

 その後、ホテルに帰って読書して寝た。明日はマイセン行きだ。

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