今日は、バンちゃんの提案によって、オックスフォードに遊びに行くことにした。
海外の国鉄に乗るのは初めての経験なので、心が躍る。でも、うまく行くのかどうか不安でもある。
いつものようにホテルで朝飯を食ってから、徒歩で1分の国鉄パティントン駅へ。 俺は、まっすぐに駅入口のインフォメーションに向かい、「オックスフォードに行きたい」と係員に告げたところ、即座に「5番線で9時」と答えてくれた。
英会話は、今や俺の得意技となっていて、イギリス人との会話はもっぱら俺が行うことにしていた。それから自動販売機で切符を買おうとしたところ、お札の投入口がバカになっていて、なかなか飲み込んでくれないではないか。俺がイライラしていると、横からバンちゃんが、「入れにくい場合は、お札を縦に折ってから入れればいいんだよ」と教えてくれた。相棒がいてくれて本当に助かったなあ、と心底から思えた瞬間である。
さて、我々が乗り込んだ列車は、日本の新幹線のような形の新型車両だった。普通運賃でこういうのに乗れるのだから、やはりイギリスは侮れない。っていうか、日本のJRのサービスが悪すぎるんだけどね。 ロンドンを出た列車は、すぐに森林地帯に突入する。首都の郊外が直ちに自然の宝庫になるなんて、イギリス人が心底からうらやましくなる。この車窓の雰囲気は「シャーロックホームズ物語」でおなじみなので、かすかにデジャブを感じてしまった。
さて、霧が立ちこめる美しい田園地帯を抜けた列車は、レディングを経由してオックスフォードに到着。学生町の割には美しい駅舎だったので、しばらくカフェテリアでコーヒーを飲んでくつろいだ。
その後、ぶらぶらと歩きながらオックスフォード大学を目指す。
いやあ、駅を出たらスーパーと大学関係の施設しかない田舎町だ。こんな環境でなら、学生諸君はひたすら勉強に集中できることだろう。日本の大学も、東京に集中していないで地方の寒村に出て行けばよいのに。そうしたら、くだらない誘惑に負けたり、アルバイト三昧で勉強しない学生を根絶できるだろうになあ。
駅前のスーパー(生協?)を物色すると、学生が夜食に使うのか、日本製のカップラーメンが大量に置いてあった。ようやく、少しだけ日本を見直す気になったぞ。
その後、お土産屋を冷やかしてタペストリーを買ったり、野菜市場で干しプラム(安い!)を買い込んだりしてから時計を見ると、もう12時だ。さすがに腹が減ったけれど、周囲にあまり気の利いたレストランは見当たらないので、屋台のハンバーガーを試してみることにする。驚いたことに、パンにハンバーグ肉が挟まったのが出るだけだった。食べ終えてから気づいたのだが、屋台の隅にピクルスやらレタスやらケチャップが置いてある。どうやら、トッピングはセルフサービスだったようだ。こういうところに、食文化の違いというのを感じてしまうなあ。 でも、ついでに頼んだミルクティー(発泡スチロールの容器入り)が、信じられないくらいに美味かった。
イギリスの紅茶は、安物になると、色が赤くないのである。コーヒーのように真っ黒だ。だけど味は芳醇で、日本で飲めるような赤いやつより遥かに美味なのだ。イギリス人は、本当に美味いやつは輸出しないのだろうか?でも、後で分かったのだが、それは俺の勘違いで、赤いほうが高級なのだった。俺の舌が、高級品に合わないという、それだけの話なのだった。
さて、こうして腹ごしらえを終えた二人組は、大学町をどんどんと進む。ガイドを見ていると、どうやら町外れに自然史博物館があるようなので、まずはそこを目指した。やっぱり、入館無料で写真撮影もオーケーだった。イギリス人は、本当に寛容だよねえ。この博物館は、もちろんロンドンのよりも小さいが、中身は非常に充実していた。恐竜の化石は多いし、アンモナイトなどの古代生物の様々なバリエーションの化石が百花繚乱状態だ。もしかすると、ロンドンのよりもハイレベルだったのかもしれない。さすがは、大学町オックスフォードだ。俺は感動したぞ。
博物館を堪能したので、次は校舎を冷やかしに行った。どうやらバンちゃんは、父親に「オックスフォードの授業風景を見るように」言われてきたらしいのだ。この親子は創○学会に属しているので、きっと、あそこの会長さんがそのようなコメントをどこかで言ったとか、そういうことなのだろう。
でも、観光客が、いきなり授業参観なんて出来るわけがない。
結局、教室の周囲をウロウロしてから諦めた。 その後、深緑に覆われた芝生の中を散歩して、美麗な教会を見学してから駅に戻った。
途中で郵便局を発見したので、俺はようやく東京の友人に絵葉書を送ることに成功したのである。
また、沿道にKARAOKE屋を発見した。イギリスのカラオケって、どんなのだろう?やはり、ビートルズとかストーンズが中心なのだろうか?この当時、東京のカラオケには洋楽曲が少なかったので、洋楽好きの俺はかなり欲求不満気味だった。そのために好奇心にかられまくりだったけど、昼間から開いているとは思えない雰囲気だったし、不安感もあったので、入店を断念してしまった。ちょっぴり残念。
小川の散歩道を抜けて、駅に到着。20分くらいお茶してから、ロンドン行きの急行列車に乗った。
車中の会話で気づいたのだが、バンちゃんは驚いたことに、シャーロックホームズを実在の人物だと思い込んでいた。「だって、ロンドンで葬式をあげたというし、第一、彼の家があったじゃないか!」と反論されると、確かに彼が架空の人物だったという証明は難しい。それでも俺は、ロンドンまでの車中で、彼にホームズ物語の概要を説明してあげた。バンちゃんの無教養を笑うのは容易だが、実は彼はマシな方なのである。公認会計士という人種は、幼いころから勉強詰めで読書をあまりしない場合が多い。俺みたいな雑学博士は、極めて稀な例外なのである。
パティントン駅についたら、もう夕方も遅い時間になっていた。そこで、ホテルで少し休んでから、近間のアバディーンステーキに入った。この店は、ステーキがメインなのだが、結構、ファミリーレストラン並みにいろいろなメニューがあって便利なのである。俺はステーキ、バンちゃんはローストビーフにした。
ウエイターの青年が好奇心旺盛で、「こんばんは」とか、片言の日本語を全開してくれたのは好感度大だ。ステーキは、味付けが薄くて、塩コショウを追加しなければならなかったが、これはイギリスの食文化なのだろう。つまり、味付けは各人の自由勝手にしてくれよというわけだ。
食事が終わってお勘定を払ったら、ウエイターくんが日本語で「ありがとう」と言って来たので、俺は「どういたしまして」と日本語で答えてあげた。すると青年は、その言葉は知らなかったらしく、当惑気味に「どうどういたすたす・・」と口ごもったのが可愛らしい。俺は、「『どういたしまして』だよ、これは英語でいうところの」、ここで二人声を合わせて「You are welcome!」と唱和し、満面の笑顔で硬い握手を交わした。
この陽気なウエイターくんは、店を出るまでずーっと「ありがとう」と言いながら手を振ってくれた。いやあ、外国人と仲良くなるのは本当に楽しいなあ。俺はこの瞬間、帰国したら会社の英会話教室に参加を申し込むことを決意したのである。
その後、ホテルに帰って、オックスフォード土産の干しプラムをホテルの紅茶で楽しみながら、バンちゃんといろいろ語り合った。バンちゃんは、宗教の人なので、話題が全てそっち系だった。でも、彼は創○学会員にしては、あまり折伏(しゃくぶく)を仕掛けてこないから良い。
俺は、自分の人生観やら社会観やら歴史観やらを話した気がする。あのころは青かったなあ。
それにしても、相変わらず部屋のシャワーは壊れたままだった。いったい、どういうことなのだろうか?今にして思うに、これがいわゆる「イギリス病」の実態だったのだな。 その日は、階上のシャワーを浴びずに、適当にテレビを見ながらすぐに寝た。
明日は最終日だ。