歴史ぱびりよん

歴史ぱびりよん > 映画評論 > 映画評論 PART8 > ゾンビ革命~フアン・オブ・ザ・デッド JUAN DE LOS MUERTOS

ゾンビ革命~フアン・オブ・ザ・デッド JUAN DE LOS MUERTOS

制作;キューバ

制作年度;2011年

監督;アレハンドロ・ブルゲス

 

(1)あらすじ

キューバ発&初のゾンビ映画。

ハバナに住む40歳のフアン(アレクシス・ビジェガス)は、仕事もしないで友人と遊び歩く怠け者。しかし、突然起こったゾンビ・パニックと政府の無為無策を見ているうちに、金儲けの奇策を思いつく。それは、仲間を集めて自警団を結成し、ゾンビを始末する見返りに依頼者から金銭を受け取る「殺人代行会社」の設立であった。

しかし、ゾンビ・パニックは一向に終息の気配を見せず、事態は次第にフアンたちの手に負えなくなって行く。

 

(2)解説

新宿「武蔵野館」で観た。夜9時からしか上映しない、マイナー無比の扱いの映画だったが(苦笑)。

いわゆる、ゾンビ・コメディーの傑作である。

ゾンビ映画は、「のろのろと動く群衆」がそのままモンスターになるため、社会風刺の色を付けやすい。だから、知性に優れた映像作家がこれを撮ると、極上の政治批判映画になり得る。さらに、これにコメディの要素を強化したゾンビ・コメディの場合、上質なブラックジョークの映画にもなる。『ゾンビ革命』とは、まさにそういった作品なのである。

主人公フアンは、仕事をしないでブラブラと遊び歩いているわけだが、キューバという国は「配給制」がある社会主義国なので、飢え死にする心配は無い。彼の前妻はスペインに亡命しているので、気兼ねなく、目に付いた女と取りあえずエッチする。彼の義務はといえば、「革命防衛委員会」(実質は町内会)の会合に顔を出すだけである。このように、フアンの行動を見ているだけで、キューバという国の実情というか問題点が見えて来るから、紀行映画としてもなかなか楽しい。

そんな中、突如としてゾンビの大発生が起きるのだが、キューバ政府は当初、これを「アメリカ帝国主義の陰謀」と説明する。キューバは実際に、アメリカによる爆破テロや細菌兵器による攻撃をしょっちゅう受けて来た国柄ゆえ、政府がそういう反応を見せるのは自然であるわけだが、それでは何の対策にも解決にもならない。

そこでフアンは、仲間を集めて自衛を図ると同時に「金儲け」を企てる。この異様な楽天性こそが、キューバ人独特の個性である(笑)。

さて、ゾンビ映画が持つ特有のジレンマは、そのパニックが市中で恒常的に発生するため、主人公の人物設定に苦労する点である。軍人や超人を主人公にするのが一番簡単なのだが、それではコメディに成りにくい。かといって、平凡な市民を主人公にしてしまうと、普段は武装していないし(アメリカ人は例外だが)軍事訓練も受けていないはずだから、サバイバルに説得力が欠けてしまう。その点、『ゾンビ革命』は主人公フアンを「アンゴラ内戦の生き残り」に設定することで、このジレンマを上手くクリアしている。つまり、フアンは単なる怠け者ではなくて、過酷な戦場の経験者だったのである。

「アンゴラ内戦」とは、アフリカ西岸の国アンゴラを巡る長期紛争である。この国は、1975年に宗主国ポルトガルからの独立に成功したのだが、時の政権が社会主義を奉じていたこと、この国が石油やダイアモンドなど豊富な資源を産出することから、周辺諸国の侵略の対象となった。キューバは、アンゴラ政府と親しかったことから、実際に軍隊を送り込んで侵略者たちと戦った。この紛争は悲惨な戦闘の連続となり、キューバ軍の戦死者は5万人とも言われている。そして、この過酷な戦いの生き残りという設定から、フアンがゲリラ戦の戦闘技術やサバイバルの技術に長けている理由が納得できるのだ。

さて、『ゾンビ革命』は純然たるキューバ映画なのだが、政治批判や風刺がなかなか辛辣なので笑ってしまう。たとえば劇中で、一般人がゾンビと間違われて殺されてしまう場面が何度も出てくるのだが、これは「キューバ人が貧乏で、いつもボロボロの服を着ているせいで、ゾンビと見分けが付かない」という風刺の一種であろう。もちろん、ラテン系のブラックジョークでもあるわけだが、他にもかなり露骨なカストロ体制への批判が出て来る。

キューバは、言論の自由が制限された統制国家だと言われるし、一般の日本人の中にもそういう風に思いこんでいる人が多いけれど、こういう映画を見ると、そういった議論が的外れであることが良く分かる。

最後は、主人公たちは海外脱出を図るのだが、これもキューバ人の個性を良く顕している。大きな問題が起きた場合、最初は機転を利かせて対応するが、どうしても対応できなくなったら海外に亡命する。これがキューバ人である。それでも、フアンは結局逃げない。この国を愛しているから。これもまた、キューバ人の姿なのである。

『ゾンビ革命』は、ゾンビ映画としては既製品の焼き直しだが、キューバとラテンの香気が全体からプンプンと匂っていて、そこが楽しい。ぜひ、他の国々のローカルな個性丸出しのゾンビ映画も見てみたいものである。

なお、この映画でのCGの出来は非常に良かった。上で紹介した『アイアン・スカイ』はもちろん、最近の日本映画のレベルを遥かに凌駕していた。キューバ、侮りがたし!