ホテルで朝飯を食べつつ、バンちゃんに昨夜の首尾を聞いたところ、ゴンドラツアーは散々だったらしい。
ゴンドラ乗りが出鱈目な奴で、規定の時間前に、歌も歌わずに仕事を切り上げたのだとか。西川さんが激怒したけど、どうしようもなかったらしい。さすがはイタリア人の仕事だぜ。なるほど、俺はサボって大正解だったというわけだ。
とりあえず、バンちゃんに「リド島への航路を発見した」と報告。以前から、今日の午後から二人で海水浴をするプランを温めていたのだ。リドには良い海水浴場があるらしい。もっとも、俺が昨夜リドに行ったのは、行き当たりばったりの偶然だったのだが、とりあえずバンちゃんの前では「今日の下見に行った」ということにしておいたのである。
ともあれ、今日の午前中は団体観光だ。水上バスでサン・マルコ広場に出て、サン・マルコ大聖堂やらドゥカーレ宮殿やら見て回った。宮殿はともかく、お寺はもう飽きたな。とはいえ、ヴェネチアの歴史についていろいろな印象を受けたので、帰国したら塩野七生さんの『海の都の物語』や『レパントの海戦』を読むことに決めた。
さて、本来なら、今日の午後も団体行動プランになっていた。しかし、サン・マルコ広場の昼食レストランの席で、西川さんへの直訴に成功。俺たち二人は、勝手に海水浴に行けることになったのだ。西川さんが、話の分かるガイドさんで本当に良かった。
俺とバンちゃんは、広場に面した喫茶店(カサノバが贔屓にしていたらしい)でコーヒーを飲んでから(妙に高かったし、店員も無愛想だった)、リド島行きの水上バスに乗り込んだ。航路の棒くいの上のカモメを優しく見つめつつ、あっという間にリド島に到着。やはり、陽光の下だと雰囲気がぜんぜん違うなあ。明るく楽しい雰囲気が島中に満ちている。
大勢の人が行きかう華やいだ大通りを、俺たちは島の反対側の海水浴場まで歩いた。
途中のスーパーマーケットで、砂浜に敷くためのビニールシートやサングラスやサンオイルを買い込んだ。海水パンツは家から持ってきたし、バスタオルはホテルから拝借していた。これで、準備は万端だ。
バス停から10分ほどで海水浴場に到着。どうやら、この島の海水浴場は2種類あるらしい。すなわち、金持ち用(プライベートビーチ)と貧乏人用である。金持ち海岸には柵がしてあって、一般人は入ることが出来ない。それで当然ながら、俺たち二人は貧乏人海岸に乗り込んだ。
意外なことに、貧乏人海岸には更衣室が存在しないのだ。トイレも、汲み取り式のロッカールームみたいなが1基あるだけ。しょうがないので、大急ぎでフルチンになって海水パンツに履き替えた。周囲から、口笛を吹かれたが、そんなのは無視だ、無視!
それから、変わりばんこにアドリア海を楽しんだ。何しろ、ここはイタリアだから、盗難の危険が常にある。そこで、誰かが必ず荷物の番をしていなければならないのだった。
ゴミ一つ無い美しい海を泳ぎつつ、遥かな海原の遠方に目をこらすと、うっすらと暗い陸地を見ることが出来る。あれは、バルカン半島だろう。クロアチアの海岸だろうか。今、あそこでは、民族紛争が起きて人々が互いに殺し合っているのだ。そう思うと、とても複雑な気分になった。
海岸に目をやると、それなりに楽しい。トップレスの美女が多いから♪。でも、トップレスの老婆がそれに負けないくらいに多いのには閉口した。バアサンたちは、羞恥心というものが無いのだろうか。美女の胸を見た後でババアの胸を見ると、後者のインパクトが前者を完全に打ち消すために、むしろマイナスの効用のほうが大きくなる。これって、ほとんど公害ではないだろうか?
幼女のトップレスも多かったのだが、俺はこれにはほとんど興味が無かった。だって、何も存在しない胸を見てもしょうがないじゃん。この点、オイラのロリコン性は正常水準なのだと断言できる(本当かね?)。ただ、全裸で駆け回る幼女には、ちょっぴり萌えたかな(やはり危ない!)。
前述のとおり、この海岸には更衣室が存在しない。そのため、美女も着替えのためにヌードになってくれるのだ。俺が小用のためにトイレに向かったら、どういうつもりか知らないが、イタリア美女3名がその前で着替えをしていた。こいつらは、不器用なのか何なのか、平気で足とか上げちゃうのである。俺は、食い入るように観察した。白人美女の観音様を生で見るのは、これが初めての貴重な経験であるから、じっくりと目に焼け付けなければもったいない!
すると、覗き(?)に気づいた美女の一人が鬼のような形相で俺を睨んだので、しかたなく全力疾走で逃走した。思うのだが、公共便所の前で公然とヌードになるお前たちが悪いぞ。せめて、観音様は人に見られないように気をつけたほうが良いと思うぞ。
さて、3時を回ったので、名残惜しいけど海岸を引き上げることにした。この海水浴は、本当に気持ちよかった。なんといっても、日本の海岸と違ってゴミが落ちていないのが最高だった。次回は、金持ちビーチを楽しみたいものだわい(笑)。
再び、水上バスに乗ってサン・マルコ広場に到着。二人でガイドを広げて、夕飯を食べる場所を検討した。「たまには魚料理が食いたいな」ということで意気投合し、そういうレストランを見つけ出した。さすがに連日、パスタとピザばかりじゃ厳しいもんな。
でも、夕食までまだ時間がある。俺は、広場の鐘楼に上りたくなった。ここはヴェネチアの最高峰だというから、きっと最高の眺めが見られるに違いない。
しかし、バンちゃんはなぜかこのプランを嫌がったので、夕食まで彼とは別行動を取ることになった。
「ガイドにあったレストランの前に、6時集合ね」と約束を交わして、俺はエレベーターで鐘楼最上階の展望台に上った。いやあ、最高の眺めだった。視界の全てに青い海が見える。しかも、その海のあちこちに小さな島が浮かび、美麗な教会や赤屋根がその上に建ち並んでいる。俺は心の底から感動し、この景色を見ることを拒否したバンちゃんを哀れんだのである。
展望台を降りた俺は、サン・マルコ広場をウロウロしてから目的地のレストランに向かった。しかし、参った。道に迷って、場所が分からないのである。どんなに歩いても、レストランに辿り着けないのだ。バンちゃんはイタリア語も英語も不案内だから、一人で大丈夫だろうか。ものすごく不安になったが、どうしようもない。
「俺が迷うくらいだから、きっと彼も迷っているだろう。ホテルに戻れば会えるかも」そう考えた俺は、歩きながらホテルを目指すことにした。しかし、これが大失敗。ヴェネチアの歩道は狭い路地なのだが、これがグネグネと妙に入り組んでいる。俺は、さんざんに迷ったあげく、やっとの思いでローマ広場に到達したのだった。今でこそ楽しい想い出なのだが、この時は迷子になるんじゃないかと心臓バクバクものだった。ヴェネチアでは、下手に陸路を行かないほうが身のためだと思い知った。
こうしてホテルに戻ったわけだが、バンちゃんはいなかった。しばらく自室で待機したが、やっぱり帰ってきそうにない。不安ではあるが、腹が減ってきたので、一人で食事に出ることにした。
ホテルから東のほうに歩いていくと、オープンエアの洒落たレストランを発見した。その店に入ると、イカ墨スパゲティと魚の盛り合わせと白ワインを注文し、中央のテーブルでまったりとくつろいだ。どこかで楽団が演奏していて、すごくロマンティックだ。しかも、料理と酒の美味いこと美味いこと。俺は、あまりの美味さに落涙してしまった。誓って言うが、料理の美味さに落涙したのは、人生の中でこのとき限りである。ああ、イタリア料理は本当に本当に本当に最高だ!!
料理にすっかり堪能したので、帰ろうと思ってカードで支払いをした。すると、小柄で色黒のウェーターが、両目をキラキラと輝かせて、俺が預けたカードを抱えて全力疾走で走って来るではないか。何が起きたのだろうかと思っていると、ウェーターのオッサンは早口の英語で、「あなた、最近、ジェノヴァに来たでしょう!サッカーやるんだよね!私は、サッカーが大好きなんですよ!」と言った。
いったい、何のこっちゃ。
しばし考えてから閃いた。このオッサンは俺を、最近セリエAに移籍した「三浦知良(カズ)」と勘違いしたのだ。俺が預けたVISAカードにMIURAと書いてあるわけだし、このときの俺は、髪を坊主狩りにしていた上、全身は真っ黒に日焼けしていた。東洋人の顔を見慣れていないイタリア人が、俺を有名サッカー選手と誤認したとしても無理もないのだった。
調子に乗った俺は、「私はカズの兄です。弟はきっと活躍すると思うので、ぜひ応援してあげてくださいね」と、出鱈目なことを言って煙に巻いた(笑)。ウェーターは、素直に信じたっぽい(笑)。まあ、罪の無い嘘だから良いよね。
人懐こいウェーターに笑顔で別れを告げると、ホテルに戻った。
バンちゃんの部屋を訪ねると、今度はちゃんと居た。彼は、目的のレストランを探し当てることに成功し、いくら待っても俺が現れないから一人で食事したのだという。俺は「ごめんね」と深く謝ってから自室に引き取った。
これが、ヴェネチアの最後の夜だった。
名残惜しいが、明日は早朝からミラノへ向かうのだ。